記事一覧へ

金融業界に予期せぬ波紋を広げるマイナンバー制度

 昨年1月のマイナンバー制度導入で、金融機関には証券口座の番号取得が義務付けられた。ただし、15年12月末時点の既存口座には3年間の猶予期間があるため、金融機関は既存顧客に対してじっくり提供を促せると目論んでいた。だが、そこにNISAという思わぬ“伏兵”が現われた。今年9月末までに提供しないとNISA口座が使えなくなるおそれがあるというが、その取得状況は芳しくない。預貯金口座の番号取得も後に控えており、関係者の苦労はしばらく続きそうだ。

低調なマイナンバー取得状況

 2016年1月より社会保障.税番号(マイナンバー)制度が導入され、金融機関は株式.債券、投資信託等の有価証券取引口座の開設者から番号を取得することとなった。番号の取得にあたっては、新規顧客と既存顧客で実務対応が異なる。まず新規顧客の場合、口座開設時に番号(番号告知または番号記載の告知書の提出)を求めることになっている。一方、既存顧客の場合は、3年間の猶予期間(18年12月末)までに提供してもらえればよい。この猶予期間中に最低年1回は制度周知や番号の提供を求め、顧客が拒否したり、連絡不通になったりした場合、その旨を記録.保存することにもなっている。  
 それでは、現在の取得状況はどうか。日本証券業協会が全証券会社を対象に調査したところ、16年12月末時点で、(新規と既存をあわせた)全個人顧客からの取得率が15.3%、既存顧客に限れば11.8%と低い水準にとどまる。
 取得を促す方法としては、「郵送等による依頼状等の送付」や「来店.訪問時の依頼」「自社ホームページでの表示」が中心で、「Eメール送信」や「インターネット取引画面での表示」「電話依頼」「コールセンターへの入電時の案内」「店頭へのポスター掲示」等を行っているところもあるという。ある証券会社幹部は、「昨年12月末時点での既存の個人顧客からの取得率は10%超であり、足もとでも20~30%程度に過ぎない」と告白する。それでも、提供期限の18年12月末まで1年半を残していることから、金融機関にはさほど焦りの色はなかった。

盲点だったNISA対応

 ところが、ここにきて思わぬ“伏兵”が現われた。NISAにおける番号取得期限の問題である。
 NISAは、個人の資産形成を促す施策として14年1月に導入され、16年12月末時点で1,069万口座が開設されているが、このうち15年12月末までに開設された988万口座の開設者が、18年以降に非課税の恩恵を“受けられなくなる”可能性があるという。野村総合研究所の梅屋真一郎上席コンサルタントは、「NISAの番号取得は、18年12月末の証券口座の番号取得期限に意識が向きがちの金融機関側の盲点となり、対応が疎かになっている」と指摘する。具体的にはどういうことか。
 NISA口座は、投資可能期間が10年の制度として開始し、当初は非課税適用を受ける条件の一つに住民票の届出があった。住民票の記録保存期間が5年なのに対して、NISAの投資可能期間は10年のため、住民票を再提出する必要が生じる。そこで初回の住民票の提出に加え、2回の再提出を求めることとした(2回目提出開始時期は17年10月、3回目提出開始時期は21年10月)。
 だが、16年度税制改正で、18年以降は煩雑になりがちな住民票の届出等が不要となるなど、手続の簡素化が進められた。ただし、その前提として、2回目の住民票を提出するはずだった開始前年、つまり今年9月末までに金融機関に番号を提供しなければならない(ほかの手続はとくに不要)。その手続を怠ると、10月以降には番号提供に加え、従前どおり非課税適用確認書の交付申請書の提出等も必要になり、その手間も忌避すると18年以降、NISA口座が使えなくなってしまう(既存の投資分は各非課税期間終了までは非課税)。
 だが、金融機関は、前述の証券口座の提供期限に意識が向きすぎていたため、NISA対応への動きが鈍い。当編集部で大手行.大手証券・ネット証券の計10社に確認したところ、今年4月末時点でNISA口座の番号取得率は15~50%程度とかなりの開きがあり、足もとでは60~70%に上げているところもあるが、全体的に進んでいるとはいいがたい。とはいえ、取得率が進んでいないところも、5月連休明け後にDM発送を開始するなど、周知活動がいよいよ本格化する兆しもみえ始めている。

来年には預貯金口座の付番も開始

 ただし、金融機関にとって、番号取得への対応は一筋縄ではいかない点が悩みどころだ。
 政府は昨今、マイナンバー制度に便乗した不正勧誘や個人情報取得への注意喚起を強めていることもあり、ある証券会社幹部は、「顧客に番号の提供を求めても不信に思う人が結構いて、取得には骨が折れる」と恨み節を口にする。別の幹部も、「(顧客には)過度に資産や所得を把握されるという恐怖感があり、提供を強いると取引口座すら閉じかねない」と危機感をあらわにする。日証協も、そうした状況を受け、まずはNISA口座開設者を対象に、今年5月から9月にかけ、新聞やWEB等の媒体に載せる広告用に2億円近くの予算を割く予定だ。すでにNISAの顧客向けリーフレット(写真)も作成するなど、周知活動に本腰を入れつつある。
 全国銀行協会も、会員行の要望で昨年11月にマイナンバーのリーフレットを作成したが、その後は特段の動きがみられない。金融庁は、今後、各業界団体との連携も深めながら、周知を図っていくという。  そもそも番号取得が進まないのは、顧客にマイナンバー提供への不信があることに加え、番号提供義務はあっても「法的に違反への罰則がない」(梅屋氏)ことがあげられる。それでも、NISA口座には“非課税”という旨味があるため提供するインセンティブが働くが、18年12月末を期限とする一般口座や特定口座にはその旨味すらない。かといって、「新たな顧客獲得や資金流入につながるわけではないため、キャンペーンの提供もむずかしい」(大手証券)のが現状だ。スマホやタブレット端末向け専用アプリを用意し、郵送や来店を要せずに簡単に手続ができることをアピールするところもあるが、結局、地道に提供を促すしか道はなく、それを拒む顧客には手詰まり感も強い。
 来年1月からは、預貯金口座の付番制度も開始する。任意とはいえ、銀行はここでも顧客に番号提供を求めることになる。実は、いわゆる改正マイナンバー法附則に「預貯金口座の付番開始後3年をメドに適切に番号提供を受ける方策等を検討し、必要に応じて所要措置を講じる」旨が規定されている。そのため、取得率が低迷すれば、「当局に取得義務化の方向へと舵を切られかねない」(梅屋氏)。それを避けるためにも、業界の威信にかけ、番号取得を促す知恵を絞る必要があるが、その前途は多難といえよう。

日証協が作成した顧客向けリーフレット