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財務省「円とアジア通貨の利便性向上策」に銀行界がため息

 財務省が6月12日に提案した「円とアジア通貨の利便性向上策」に対して、金融界で疑問の声があがっている。今回の提案は、人口減少が進む日本が経済成長を果たしていくために「アジアに投資する」ことを主眼としたもので、「全銀システムの対外開放」「円とアジア通貨の直接交換市場創設」「東京市場での多通貨決済化」を柱とする。ただ、どこまでニーズがあるのか不透明なうえ、日銀の取組みと重なる面も大きく、コスト負担を恐れる銀行界からはため息が漏れる。

広がる波紋

 6月12日に開催された財務省関税・外国為替審議会(外為審)の外国為替等分科会。この場で財務省の事務局が提案した「円とアジア通貨の更なる利便性向上策の検討」が波紋を広げている。
 提案の柱は大きく三つある。一つは「全銀システムの対外開放」。すなわち「アジアの邦銀支店から全銀システムへのアクセスを可能にする」というものだ。ボーダーレスに活動する日本企業を支援するために、「国内・国外において変わらない円の決済環境を整備することが必要になる」(財務省国際局調査課)という趣旨である。
 二つ目は「円とアジア通貨の直接交換市場の創設」だ。この提案の背景には、アジア各国で近年、自国通貨相場の安定化を図ることを目的に、自国通貨の使用義務を導入する「ドル依存脱却」など、規制強化の動きがある。現地での自国通貨決済が増えるなか、円を自国通貨に交換する際にドルを介すると、円からドル、ドルから現地通貨と「二重の為替コストがかかってしまう」(同)。そのため、たとえばアジアのなかでも円の貿易決済比率の高いタイバーツとの直接交換市場を創設するにあたり、規制緩和を促すことで日本企業によるバーツ調達のコスト削減を図る狙いがある。
 三つ目は「東京市場の多通貨決済化」。東京で外貨建て債券のDVP決済(証券と資金の同時受け渡しによって取りはぐれリスクをなくす決済方法)の実現を目指すものだ。財務省の提案には、香港で民間銀行がクリアリングバンクとなって外貨の受け渡しを行う多通貨決済の仕組みが紹介されている(たとえば米ドルはHSBC)。

ニーズ、どこまで?

 財務省が今回の施策を提案する目的は、アジアの成長を取り込むための必要な決済基盤を整備することで、日本企業・邦銀ともに人口減少による国内市場の縮小を打破することにあるが、当の銀行界は困惑の表情を浮かべる。
 まず、全銀システムの対外開放については、「さほどニーズがあるようには思えない」(銀行関係者)ためだ。
 現状、海外企業等による日本国内への円送金や銀行間での外国為替の売買は、銀行間で円資金の決済を集中的に行う「外為円決済システム」で決済される。ただし、同システムの参加行は17年5月末現在で27行。財務省提案は、同システムに参加していないアジアの邦銀支店からも全銀システムへのアクセスを可能にすることで、アジアで事業展開する中小企業の送金ニーズに応えていく狙いがある。財務省は「外為円決済システムと全銀システムの参加行は後者のほうが圧倒的に多い。システムがなければアジアから当日着金する中小企業の送金ニーズを満たすこともできない。これらニーズの掘り起しを銀行がユーザーに対して実施していくことが肝要」(同)と話す。
 しかし、アジアに展開する中小企業であれば、そもそも外為円決済システムに参加するメガバンク等の口座ももっているケースが大半とみられる。その外為円決済システムの実際の支払指図や決済は日銀ネットが利用されており、日銀ネットは2016年2月に19時までだった稼働時間が21時までに拡大された。この目的の一つには、日本とアジア間の送金指図が当日中に着金し、利便性を向上させることがあった。
 ところが、外為円決済システムの利用は目にみえて伸びてはいない(図表)。日銀幹部は「稼働時間拡大後の利用状況が千客万来というわけではないので、まずは日銀ネットを利用していただきたい。全銀システムが対外開放されても、ただちに利用が増えるわけではないだろう」と話す。銀行関係者にも「結局は銀行が全銀システムの改修コストを負担する以上の意味をもたないだろう」とみる向きが少なくない。

「勇み足」との評も

 例示されている円とタイバーツの直接交換市場創設についても批判的な声が強い。そもそも市場創設の目的である「円からドル、ドルから現地通貨への二重の為替コスト」を減らすことについて期待外れに終わる可能性がある。
 市場において参加者が少なければ、売り・買いの提示価格の差が開いて取引が成立しなかったり、有利な取引に至らなかったりするのはよくあることだ。実際に、いまでもタイの銀行と相対でバーツと円を直接交換することはできるが、よい値がつかない。結局、参加者の厚みがあるドルを介する取引のほうが有利なので、円からドル、ドルからバーツへの交換が選ばれている。そういうなかで、「規制緩和すれば期待どおりのコスト削減効果が生まれるのか正直疑問」(銀行関係者)という。
 また、かりに直接交換市場を創設した場合には、参加者の厚みをもたせるために円の流動性をもつタイの銀行と、バーツの流動性をもつ邦銀の存在が多く必要になる。その際、邦銀がバーツを保有するためのインセンティブとして、バーツのレポ市場をはじめとする運用市場の整備が必要になる。その整備には「相応のコストがかかる」(日銀幹部)が、「国の負担は考えていない」(財務省国際局調査課)といい、ここでもコスト負担の問題が生じることになる。
 三つ目の東京市場での多通貨決済化についても、「日銀が進めるCSD-RTGSリンクがあれば、外貨建て債券のDVP決済が可能になるので、(東京市場での多通貨決済化は)不要」(銀行関係者)との指摘がある。CSD-RTGSリンクとは、A国中銀の資金決済システムとB国の証券決済システムを接続し、異国間での債券と資金のDVP決済を可能にするもの。現在、ASEAN+3加盟国(日中韓)のうち、19~20年までにどこか2カ国間でCSDRTGSリンクを実現する目標があり、日本と香港間が有力候補となっている。CSD -RTGSリンクが広がれば、東京市場での多通貨決済化にかかる整備コストが“レガシーコスト”になりかねない。
 財務省が提案した趣旨や理念は理解されうるものの、「勇み足」(日銀関係者)と評する向きがあるばかりか、「政治的な影響による打ち上げ花火ではないか」(銀行関係者)と邪推されてしまう点も否めない。財務省提案が掲げる課題解決の方向性は、外為円決済システムの有効活用や、CSD-RTGSリンクの実現と同じベクトルといえ、財務省にはこうした取組み以上に費用対効果の説明が求められる。

最近の外為円決済交換高