新聞の盲点

一般社団法人金融財政事情研究会創立と同時に創刊された、金融の専門週刊誌『週刊 金融財政事情』に掲載のある記事になります。

2018.06.22.

上場企業の欧州IRに異変、震源はMiFIDⅡ

欧州IRに飛び立つことが難しくなっている…

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※『新聞の盲点』は、『週刊 金融財政事情』に掲載されている記事です。『週刊 金融財政事情』の詳細はこちらから

 決算発表シーズンが大詰めを迎え、その後のIRスケジュールも本格化する中、上場企業の欧州IRに異変が起きている。今年1月に欧州で施行されたMiFIDⅡのもと、「欧州IRの出張アポイントが入らない」といった企業が増加しているのだ。背景には、発行体企業のIRアレンジを担ってきた証券会社の選別があり、国内証券を含む「リージョナルブローカー外し」の実態がうかがえる。国内証券の業績への影響も懸念される中、形勢を逆転できる一手はあるのか。


「アポが入らない」

 上場企業の2018年3月期決算発表が佳境を迎える中、多くのIR担当者が欧州への「IR出張」について頭を抱えている。例年ならば、経営トップによる決算発表後のIR出張のスケジュールが確定していなければならないのだが、今年は「欧州へのIR出張のアポイントが入りづらい企業が続出している」(企業IR専門家)のだ。
 その主たる原因が、欧州で今年1月に施行された「第二次金融商品市場指令(MiFIDⅡ)」のリサーチ・アンバンドリング(RU)だ。RUとは、株式・債券取引の透明性を高める観点から、欧州に拠点のある運用会社が世界の証券会社(投資銀行含む)から無料で受け取っていた「リサーチ」と呼ばれる営業サービスを、ほとんど有料化した新規制のこと。この「リサーチ」には、例えばアナリストレポートや発行体企業・証券会社アナリストとの面談、発行体企業のIR出張アレンジなども含まれる。
 証券会社はこれまで、「フリーサービス」としてリサーチを運用会社に提供しつつ、その費用を取引執行手数料に含めるかたちで上乗せ請求してきた。日本の証券会社が運用会社に請求する取引執行手数料の内訳は、一般的に「実費3割、リサーチ対価7割」(市場関係者)。他方で運用会社も、証券会社から請求される過剰なリサーチ費用を「手数料」にまぶして投資家に転嫁していたため、これまで投資家は知らないうちに割高な費用負担を強いられてきた。
 RUのもとでは、発行体企業が証券会社を通じて欧州の運用会社と面談した場合、証券会社はそのアレンジコストを「リサーチ費用」と明示して運用会社に請求することになる。一方の運用会社は、その費用を顧客に転嫁することが難しくなり、大手のほとんどは自腹を覚悟している。こうした事情から証券会社では「欧州運用会社受けする面談企業の選定を進めている」(国内証券役員)と言い、その余波で「国内企業が欧州IR出張を希望しても従来のようにアポイントを入れることが難しくなっている」(同)。影響は金融界にも及んでおり、「地銀のIRも例外ではない」(同)という。

リージョナルブローカー外し

 ただし、「付き合いのある証券会社を通じて従来どおりアポが取れた」(上場企業IR担当者)という声もあり、どうやらおしなべて「すごくやりにくくなったわけではない」(同)ようだ。この上場企業が欧州IRアレンジを依頼しているのは、欧州系の大手証券会社。つまり、アポが入るか否かは証券会社によるところが非常に大きくなっており、「発行体企業による証券会社の選別が水面下で進行している」(前出の上場企業IR担当者)という。
 欧州の運用会社はすべてのリサーチを除外するわけにはいかないため、予算額を決めて証券会社に割り振っている。「今年は無難に5社程度のグローバルな証券会社とだけリサーチ契約を結ぶケースが多い」(国内証券幹部)といい、その選定先としてはどうしても「欧州系のUBSやバークレイズといった証券会社が有利な状況にある」(上場企業IR担当者)ようだ。
 日本をはじめとするリージョナルな証券会社にも“お鉢”が回ってくるケースもある。ただし、「欧州運用会社の当初予算の余りでリージョナルブローカーと契約することが多い」(国内証券幹部)ため、リージョナルブローカーとの交渉では「資金が底を突きかけているケースもある」(同)。さらには、欧州運用会社がIRミーティングに関する対価を証券会社に支払いたくないため、自ら日本の上場企業に直接アポ取りをする動きもあるという。
 また、これまでは証券会社がIRアレンジなどのコーポレートアクセスを運用会社から担えれば、取引注文もあわせて獲得できるケースが多かった。しばらくは、IRアレンジの欧州系証券シフトが継続することが懸念されるため、ある国内証券役員は「今年後半にかけて(業績への)影響が目に見えてくるだろう」と表情を曇らせる。

狭まる国際的包囲網

 国内証券にとって一筋の望みが、「大手の欧州運用会社ファンドマネジャーから、(IRアレンジを担っている)欧州系証券会社の日本株リサーチの質に不満が出始めている」(前出の国内証券幹部)ことだ。来年以降の契約更改で、「日本株のことは、やはり日本の証券会社」といった国内証券会社に対するリサーチの質への期待が高まれば、チャンスが巡ってくる可能性がある。運用会社によるリサーチの質の評価と予算配分は、運用実績との見合いで決まってくるとみられる。今後の実績や予算取りによっては、国内証券会社が欧州運用会社へのIRアレンジをふたたび担える可能性が高まるだろう。
 とはいえ、契約更改は来年以降の話で、不透明感は拭えない。また、グローバルな証券会社の目線から外れやすい日本の中堅・中小型株を、欧州運用会社に誰がどう売り込んでいくかという課題も残る。はっきりしているのは、RUは「リサーチの市場化」を促し、日本が「バンドル」してきた商慣習を大きく揺さぶっていることだ。こうした中、野村ホールディングスの永井浩二CEOは今年1月、英フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで、欧州でのリサーチ提供の見直しに続き、日米リサーチ部門を再編する可能性にまで言及している。また、「アジアの運用会社も欧州運用会社に影響を受けて、証券会社を経由せずにIRミーティングを日本企業と直接交渉している」(企業IR専門家)動きがあり、RUの影響はすでにアジア市場にも広まっている。
 加えて、日本で海外資金を運用するファンドの中には、「『日本国内でアンバンドルできなければ資金を引き上げる可能性がある』と通達を受けている運用会社もある」(国内証券幹部)ようだ。国際的な包囲網が狭まる中、現状の商慣習や規制で対峙できるのか、証券業界あげての議論が望まれる。