新聞の盲点

一般社団法人金融財政事情研究会創立と同時に創刊された、金融の専門週刊誌『週刊 金融財政事情』に掲載のある記事になります。

2018.07.18.

トラブルの火種!? 安易な「民事信託」にご用心

民事信託の仕組み

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※『新聞の盲点』は、『週刊 金融財政事情』に掲載されている記事です。『週刊 金融財政事情』の詳細はこちらから


超高齢社会の到来により、高齢者の財産管理が社会的な課題になっている。その有効な方策の一つが「成年後見制度」だが、利便性を欠く面もあって普及率は必ずしも高くない。そこで期待が集まっているのが「民事信託」だ。金融機関にとっては、収益物件の建設による財産の積極的な活用を通じて融資につながる可能性もある。ただ、士業などの専門家の取組みも成熟していないことから、野放図な対応では将来的なトラブルを抱え込むことにもなりかねない。


超高齢社会を迎え期待を集める民事信託

 高齢化率(65歳以上の高齢者が全人口に占める割合)が30%に達する2025年。認知症患者数は730万人に達し、高齢者の20%を占めるとも予想されている。他方、現時点で家計金融資産の約3分の2を60歳以上の世帯が保有しているため、その財産管理が大きな課題になる。
 超高齢社会に対応した財産管理のための方策の一つが、家庭裁判所が選任する成年後見人等が財産の管理を行う「成年後見制度(法定後見)」だ。ただ、親族後見人による金銭の流用などの不正が相次いだことから、士業などの第三者を後見人等に選任するケースが増え、17年実績では73.8%を占める。不正を防止する目的で「後見制度支援信託」や「後見支援預金」の活用も進んできたが、成年後見制度は判断能力が低下してから事後的に利用する制度であり、財産の積極的な運用もできないなど、必ずしも利便性は高くない。結果として、利用者数は17年末時点で21万人程度にとどまる。
 そこで注目が集まってきたのが「民事信託」だ。民事信託では、信託銀行や信託会社が受託者となる商事信託とは異なり、信頼できる家族などが受託者となる。例えば、子どもが受託者として親名義の不動産を管理・運用し、それによる収益は親が受益者として受け取るといった契約だ。本人の判断能力がある段階で信託契約を締結すれば、親の死後の受益者は長男、長男の死後は長女など、数世代にわたる管理・承継のスキームが実現できる。コスト面でも成年後見制度より負担は軽い。
 金融機関には、受託者による「信託口」口座の開設や、財産の収益化に向けた融資などの役割が期待される。例えば、三井住友信託銀行では16年5月から、信託口口座の提供を中心とした「民事信託サポートサービス」を展開。城南信金や西武信金、横浜信金でも民事信託のサポートを打ち出している。また、地銀でも16年9月の広島銀行を皮切りに、「民事信託対応アパートローン」を導入する動きなどが広がっている。

問題のある民事信託案件

 ところが、実際に金融機関に持ち込まれる民事信託案件の中には、スキームに問題がある事例が散見される。
 まず挙げられるのが、遺留分の侵害だ。子の一人が受託者で、親の死後の受益者にもなっており、信託財産以外の財産を考慮しても他の相続人の遺留分を侵害しているようなケースでは、申立てがあれば信託契約自体が無効になってしまう。他の相続人が信託契約について知らされていないなど、相続人同士のトラブルにつながるような事例も少なくない。
 ほかにも、受託者の権限が大きすぎるケースも問題だ。例えば、受託者が自由に受益者を変更する権限を有する契約や、信託財産を受託者の固有財産に帰属させることができるといった契約は、委託者の本来の意思に沿うものであるとは言いにくい。
 信託業法上の問題となる可能性が懸念されるのが、委託者に身寄りがないといった事情で、例外的に士業などの専門家が受託者になるケースだ。複数の人の受託者を務めると、業として営んでいるとみなされ、同法上、信託免許の取得が求められる事態も想定される。
 また、受益者の承継順が複雑すぎる場合は、財産を承継するスキームとしての有効性に懸念が生じる。他方、先に後継受益者が亡くなった場合の対応が定められていないなど、「契約の内容が不十分なものも少なくない」(銀行関係者)と言う。
 こうした状況の背景には、契約書の作成を担う専門家にとっても民事信託は新たな分野であり、取組みが成熟していないという事情があるようだ。「信託契約の内容や文言等が煮詰まらない状態で金融機関に持ち込まれることもある」(同)と言う。

ハウスメーカー主導の案件も

 成年後見制度と比較した民事信託のメリットの一つは、財産の積極的活用が可能であることだ。収益物件の建設などの場面で活用されることも多く、こうしたケースでは一般に、金融機関がオーナーである委託者の財産を担保に、受託者向けに建設資金を貸し出す。ただ、受託者が変更になった場合における債務の移転については専門家の間でも見解が分かれており、後継受託者が債務を引き受けることを契約に盛り込むなどの対応が求められる。
 また、着工のスケジュールなどが決まっていないケースでは、将来的に認知症などで委託者の判断能力が低下してから、融資を申し込んで着工できるような信託契約になることもある。この場合、借入金額や建設する物件の仕様など、委託者の意向を無視した計画が可能になるおそれがある。
 他方で、物件の建設資金などを委託者名義で借り入れることにはリスクがある。委託者の認知症リスクのほか、実際の事業の主体は受託者であるにもかかわらず、返済は委託者の口座から行うことになるため、受託者の口座に入る収益を委託者の口座に移し、返済にあてることになる。これは保全の面でも問題になりかねない。
 さらに、アパート建設を推進するハウスメーカーの影がちらつく案件もあるという。ハウスメーカーが士業と共同で民事信託に関するセミナーを開催するなど、融資の持込みなどの場面で主導権を握っているとみられる場合もある。このような案件は受託者の目線で進むことも多く、家族や相続人の間のトラブルにつながる可能性は高い。
 問題がある信託契約に基づいて金融機関が信託口口座の開設などに応じてしまっては、将来的に顕在化するトラブルを助長してしまうことになる。専門家とも連携しながら内容を精査し、任意後見契約など他の方策も踏まえて、委託者・受託者はもちろん、受託者以外の相続人(兄弟姉妹など)とも面会するなど、慎重な対応が不可欠だ。「民事信託では税制上の取扱いが明確でないケースもあり、税務当局との対話も重要になる」(瓜生・糸賀法律事務所の長野聡弁護士)という指摘もある。
 民事信託の受け皿を拡大するためには地域金融機関の積極的な取組みが求められるが、将来を見据えれば野放図な対応は許されない。まずは信託口口座の開設などに対応できるような内部規程やマニュアル等の整備が必要だ。また、地銀では信託免許の取得により取扱い業務の拡大を企図する動きも活発化している。体制整備を進め、「地域金融機関ならではの業務」(長野弁護士)として確立することが期待される。