新聞の盲点

一般社団法人金融財政事情研究会創立と同時に創刊された、金融の専門週刊誌『週刊 金融財政事情』に掲載のある記事になります。

2018.08.10.

日銀のずさん統計で剥げ落ちた投信神話の虚像

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※『新聞の盲点』は、『週刊 金融財政事情』に掲載されている記事です。『週刊 金融財政事情』の詳細はこちらから

日銀統計の修正によって、政府が推奨してきた代表的運用商品である「投資信託」の家計保有額が、足もと約33兆円も過大であったことが判明した。また、順調に増加していたはずの同保有額が、実際は減っていたこともわかった。近年、NISAなどの投資優遇制度で個人の資産形成を促してきたが、その成果がいっこうに上がっていなかったことになる。“まさかの事実”が明らかになり、「貯蓄から資産形成へ」を政策として進めてきた関係者に衝撃が広がっている。


日銀で信じがたい統計作成ミス

 日本銀行が作成している「資金循環統計」で信じがたいミスが発覚した。同統計は、金融機関や家計、法人などの資産や負債の状況を示すもので、年に1回、推計方法を見直す改定を行っている。日銀は2018年1月~3月期の同統計(6月27日発表)から推計方法を見直し、05年以降の数値をさかのぼって再計算した。その結果、17年12月末の家計の投信保有額が、改定前の約109兆円から改定後は約76兆円と、なんと33兆円も少なくなってしまったのだ(図表)。
 家計の投信保有額の推移を見ても、改定前は14年末から17年末の3年間で約17兆円増えていたが、改定後は約4兆円の減少となっている。個人金融資産に占める投信の割合も、改定前は14年の5.3%から17年は5.8%まで上昇していたが、改定後は14年の4.6%をピークに17年では4.1%まで低下している。過去15年にわたり官民を挙げて「貯蓄から資産形成へ(投資へ)」を謳い、近年では投信を中心にリスク性金融商品への資産シフトが起きていると思われてきた。ところが、これまで認識されてきた家計の投信保有状況とはまったく異なる実態が浮き彫りになった。
 これほど大規模なミスが生じた原因は、日銀が、ゆうちょ銀行が保有する投信を家計保有として計測していたことにある。家計の投信保有額は、投信の総額から、金融機関など他部門の保有額を差し引いて算出している。近年、ゆうちょ銀行が投信の保有額を急増させているにもかかわらず、日銀はその投信を家計保有の「外国債券」と分類していた。これを修正した結果、ゆうちょ銀行を含む「中小企業金融機関等」の投信保有額が増加し、逆に家計保有分は減額されることとなった。
 日銀調査統計局は「調査項目が多数あり、見直しが追いつかなかった」とし、あくまでミスではなく「統計精度の向上の結果」だと釈明する。だが、これほどまでに大規模かつ重大な修正ミスを認めない日銀のスタンスは、政府や業界から理解を得られていない。日本証券業協会の鈴木茂晴会長は7月24日の定例記者会見で、「われわれは統計の数字を見て判断しており、間違ってもらっては困る」と苦言を呈した。

個人投資家の根深い投信不信

 他方、政府にとっては、NISAやiDeCoなど税制メリットのある投資制度を用意して資産形成を促してきたが、その成果がいっこうに上がっていないことが白日のもとにさらされる格好となった。金融庁幹部は「あらためて資産形成を促すためにどうすべきか考えないといけない」と厳しく受け止める。これまでいくつもの政策を打ち出しているにもかかわらず、家計の投信保有額が減少している以上、なんらかの新たな対策を打ち出す必要に迫られよう。
 しかし、短期間で、個人投資家を投信マーケットへと誘うのは難しいだろう。そもそも個人投資家の投信に対する不信感は根深く、その信頼を回復させることは容易ではないためだ。
 それを物語るのが、金融庁が6月29日に発表した「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIを用いた分析」。金融庁のこの分析の中で、18年3月末時点で46%の個人の投信保有者が損失を抱えているとの集計・分析結果を公表した。あるメガバンク幹部は「マーケット環境が極めて好調なタイミングで、約50%もの個人投資家が投信で含み損を抱えているのは衝撃的」だとし、この分析結果から得られる教訓は「投資ではなく貯蓄のほうが得策ということ」と自嘲気味に話す。
 バブル崩壊後、日本の株価が上昇・下落を繰り返すなか、個人投資家は投信での運用失敗を何度も経験している。アベノミクス以降で見ても、株価は回復しているが、個人投資家は投信売却によって含み損の解消や売却益を確保したあと、ふたたび投信に資金を向けることがなかった。投信のパフォーマンスが向上しても、個人投資家は投信市場に戻ってきていないのである。
 また、投信への不信感の背景には、米国と比べて高い販売手数料の問題もあろう。もっとも、手数料が低ければ低いほど「貯蓄から資産形成へ」が進むのであろうか。投信はパフォーマンスが良好なときもあれば不芳のときもあるため、金融庁が推奨する長期投資には、投資姿勢を貫く粘り強さが必要となる。バブル崩壊で株に対する不信感が強く投資入門者が多い日本では、とりわけ販売した金融機関による懇切丁寧なフォローが必要で、フォローがなければ個人投資家はますます投信離れするだろう。ところが、金融機関には、手数料を徴収しないとフォロー体制を維持できないという問題があり、これが懇切丁寧なフォローの実践を妨げている。

金融庁のかたよった投信行政にも問題あり?

 また、金融機関側が個人投資家に回転売買を勧めるような売り方の問題や、手数料の高いアクティブ型投信が手数料の低いインデックス型投信よりもパフォーマンスが劣っているなど、ほかにもさまざまな問題が金融機関側にあるのも事実である。
 しかし、投資家の心理的な問題や金融機関側の売り方の問題だけでなく、毎月分配型投信販売の事実上の制限、積立投信やインデックス型投信の推奨など、金融庁のかたよった投信行政によって販売側を委縮させていたことも投信市場縮小の一因だったのではないか。実際、毎月分配型投信は、個人投資家から圧倒的な支持を得ていたが、毎月分配型販売を自粛した16年は解約と償還額が購入額を上回り、投信残高は純減した。
 金融庁の最近の行政方針を見てみると、高齢者の資産形成に配慮を見せるなど、これまでのスタンスからの修正を図っているように思える。日本の資産運用業の問題の根本は多様性の欠如だとされる。米国ではヘッジファンドやPEファンドといった高リスクで短期型の運用商品が勃興する一方、インデックスやアクティブ投信も売れており、資産運用業の多様化が見られる。長期運用は経験則であり、右肩上がりの経済成長を背景に成功する場合が多かったが、今後も成功する保証はない。日本においても「さまざまな運用スタイルの商品が登場するような市場の活性化を促すことこそ必要な施策」(投信会社幹部)との声は強い。
 今回の日銀の歴史的な統計修正ミス事件を機に、「貯蓄から資産形成へ」の推進のため、観念論ではなく冷静で実態に即した議論や施策が展開されることが期待される。