新聞の盲点

一般社団法人金融財政事情研究会創立と同時に創刊された、金融の専門週刊誌『週刊 金融財政事情』に掲載のある記事になります。

2018.08.21.

絶妙な政策修正の陰で限界も露呈した日銀の決定会合

さらなる副作用を軽減する秘策はあるか(写真は日銀の黒田東彦総裁、時事)

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※『新聞の盲点』は、『週刊 金融財政事情』に掲載されている記事です。『週刊 金融財政事情』の詳細はこちらから

日本銀行は7月30、31日に金融政策決定会合を開き、「ゼロ%程度」とする長期金利誘導目標の許容変動幅を従来の±0.1%から±0.2%程度に広げることを決めた。「国債市場の機能低下」という金融緩和の副作用が顕在化していることが背景にある。金融緩和に邁進するポーズをとりながら、事実上の緩和縮小となる今回の政策修正は絶妙な一手といえる。これで当座はしのげると見られるが、ふたたび副作用が増幅する局面での次なる政策修正の一手は限られる。


黒田総裁も認めた金融緩和の副作用

 7月31日に行われた日銀の黒田東彦総裁による金融政策決定会合後の記者会見。黒田総裁は日銀の大規模な国債購入による副作用として、「国債市場の機能低下」が見られることを初めて認めた。
 国債利回りやボラティリティーが長期間にわたって低水準で推移しているため、市場における国債取引量が激減しており、最適な債券価格を導き出す市場本来の機能(価格発見機能)が低下していることはこれまでも指摘されてきた。黒田総裁はこうした副作用が起きていることを認め、決定会合ではこの副作用を改善するための施策として、ゼロ%程度とする長期金利誘導目標の許容変動幅を、従来の±0.1%から倍の±0.2%程度に広げることを決めた。
 今回の日銀の決定に対し、「まるで針の穴に糸を通すような絶妙な政策修正であり、金利のステルスエグジットにほかならない」(市場関係者)との評価も聞かれる。というのも、日銀は緩和強化の建前を崩すことなく、「副作用軽減策」という緩和縮小の一手を打たなければならない難題に直面していたからだ。2013年1月の政府・日銀の共同声明により、日銀には2%物価目標に向けて金融緩和のアクセルを踏み続けることが求められる。だが、副作用を抑え込むためには、むしろブレーキを踏む施策を打つ必要がある。
 今回の施策が副作用軽減策であることは明白だが、打ち出した施策自体は、長期金利をゼロ%程度で推移させることは変えずに±0.2%程度の「ブレ」を認めるという、緩和縮小・緩和強化どちらにもとれる内容。加えて、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」とする政策金利のフォワードガイダンスを新たに導入したことで、従来の金融緩和を続けていくことを強調した。
 結果として市場では、緩和縮小による円高をもたらすことなく、10年国債の利回りが事前の報道前と比べて60bpほど高い0.1%程度まで上昇。「金融緩和の持続性強化」を謳いながら、「ブレの許容」という緩和縮小の一手を打つことに成功した。

国債市場は甦るか

 長期金利の許容変動幅が拡大されたことで、市場関係者は「国債取引量が高まり、価格発見機能が回復する状況が生まれつつある」と期待を寄せる。これまで、日本相互証券が仲介する日本国債の業者間取引が不成立となる日は今年すでに6回を数え、新発10年物国債の値動きを示す月間変動幅も過去最低水準となっていた。今回の政策修正に胸をなで下ろす市場関係者は少なくないだろう。
 しかし、今回の施策はあくまで当座をしのぐ弥縫策に過ぎない。ある債券ディーラーは「5~7月よりはマシになったが、まだ十分な利回りとボラティリティーには達していない」と話す。決定会合後、10年国債の利回りは8月2日に一時0.145%と17年2月以来の高水準となり、月内にも0.2%を試すと見られていた。だが、8月6日の週以降は早くも0.1%前後で推移している。決定会合前と比べて上昇しているとはいえ、投資妙味に乏しいことに変わりはない。日本国債のボラティリティーを示すS&P/JPX日本国債VIX指数も、決定会合が行われた7月30日に17年1月末以来の水準となる2.48まで高まったものの、8月13日には1.50まで低下している。
 結局のところ、日銀が大規模に国債を買い入れるため、「インフレ期待が2%にほど遠い中で売り圧力が弱く、需給がタイトである構図は変わらない」(T&Dアセットマネジメントの温泉裕一運用統括部長)。日銀が驚愕のペースで国債を飲み干しているため、12年3月に170兆円を超えていた国内銀行の国債保有残高は18年5月に75兆円まで減少。生保・年金もALMの観点から保有しなければならない量があるため、国債の大きな売り主体はもはや存在しない。「8月以降、売買が成立しないことはないだろうが、0.1%程度で金利が張り付くことが予想されボラティリティーが高まらない可能性は高い」(市場関係者)と見られる。
 市場関係者の間では、国債利回りのボラティリティーが高まる要因は引き続き「海外金利」との見方が強い。許容変動幅拡大で海外金利との連動性が高まったこともあり、「米国10年債利回りが3%台半ばに達すれば、日本も0.2%を試す環境になる」(温泉氏)と見られる。

金融機関の収益性改善には効かない今回の修正

 国債市場の機能低下と並ぶ、金融緩和のもう一つの副作用が金融機関の収益性低下だ。長期金利の許容変動幅の拡大の目的の一つには「イールドカーブのスティープ化による金融機関の金利収益の改善」があったと見られるが、この許容幅では「力不足。わずかな収益の改善しか見込めない」(国内銀行)。今回の決定会合では、日銀当座預金のうちマイナス金利が適用される政策金利残高を減少する修正も実施されたが、こちらも業績改善への寄与度はわずか。10年ゾーンだけでなく3~5年ゾーンの金利を上向かせること、そしてマイナス金利政策の解除が金融機関の切なる願いだ。
 しかし物価上昇は勢いを欠いており、その道のりはきわめて遠い。副作用のさらなる顕在化などから、仮に一段の政策修正が必要になったとしても、その手段はふたたび許容変動幅の拡大にとどまると見られる。野村証券の松沢中チーフ金利ストラテジストは、19年10月に消費増税が控えていることなどを踏まえ、「19年4-6月期に許容変動幅を±0.4%程度に拡大する」と予想する。
 ただし、長期金利誘導目標を「ゼロ%程度」に据え置きながら、許容変動を容認する水準は±0.4%が限界と見られる。また、許容変動幅を±0.4%にしても、短期的には、上限に達するかどうかは海外金利動向次第ということもあり、金融機関の収益性の改善に寄与するかは不透明だ。かといって、長期金利誘導目標の引上げや撤廃、マイナス金利政策解除など大きな緩和縮小方向の修正は、2%の物価目標達成が見込めない限り、政府・日銀の共同声明の前では踏み切れない。
 金融機関の収益性が一段と低下して資本不足が意識されるような事態になれば、短中期年限の債券の誘導目標設定など、大胆な政策修正を迫られることになるかもしれない。だが、2%の物価目標達成が一段と遠のくなかで、金融機関の収益性の改善に寄与するような“緩和縮小”の手立てを講じられるかは未知数といえよう。