顧客とのつながりを第一に 歴史ある地域で新しきにチャレンジする «トップ鼎談»
日本M&Aセンター◆特別企画◆トップ鼎談
〔週刊 金融財政事情 春季合併号掲載〕
※本鼎談は2024年2月20日に実施したものです。
「フェイス・トゥー・フェイス・トゥー・フェイス」の経営で顧客と共に歩む
福岡ひびき信用金庫 理事長 井倉 眞 (いのくらまこと)氏
1957年生まれ。81年北九州八幡信用金庫入庫。2001年福岡ひびき信用金庫発足後、12年執行役員若松支店長、14年常勤理事、17年常務理事、19年専務理事、20年から現職。
文化を失ったら地域は再生できない
株式会社日本M&Aセンターホールディングス 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役、2008年社長、24年会長。日本M&Aセンターは、07年に東証一部に上場。21年10月純粋持株会社体制に移行し、22年4月より東証プライムに上場。
[コーディネーター]
金融財政事情研究会 理事長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年社長。17年グループCEO。23年4月より現職。
100周年を迎え策定する新たなビジョンは原点への帰結となる
- 加藤 本年1月15日、創立100周年を迎えられた。節目の年に、理事長の熱き想いと抱負を聞かせてほしい。
- 井倉 1900年代の初め、この地区には製鉄会社や炭鉱があり、銀行の支店も多かった。しかし、第1次世界大戦後の不況で、ほとんどが店舗を閉鎖した。その中の支店長の一人が、地域に迷惑をかけたとして私財を投じ、1924年に「勤倹貯蓄、相互扶助」を目的とした共資組合を設立した。それが当金庫の始まりだ。
お客さまや地域の方々の支えによって100年間やってこられた。同時に、我々の先輩たちが信用金庫人としての矜持を持ち、地域のお客さまやそこで働く人たちに寄り添いながら時代の変化に柔軟に対応してきた。これらがあって、今の当金庫が存在している。
先輩たちが残してくれた仕掛けのうち二つを紹介したい。まず、50年前に立ち上げた「ひびしん同友会」である。お客さま主体の組織であり、代表幹事を務めるお客さまと各支店の支店長が運営を行う。すべての支店に支部があり、現在43の支部が存在している。人と人のつながりを構築することを担っており、各支部でコミュニティーができあがっている。この取組みを50年間地道に行ってきた。取引先の社長同士だけではなく、家族にまで付き合いが広がっている。
次に、「ひびしんニューリーダー会」がある。30年前に設立した、同友会の子息を含む若手経営者のための組織だ。経営を学ぶための勉強会であり、顧問の先生が多岐にわたる内容で講義を行っている。新しい時代の経営環境に適応するため、経営に必要な知識を体得してもらい、事業の発展を通じて地域社会の活性化に貢献することを目指している。もちろん、そこで新たなつながりが生まれることも期待される。先輩たちから引き継がれたこの二つは、当金庫の財産として大切に育てていきたい。
100周年を迎えるにあたって、35歳以下の若い職員を集め、10年後のあるべき姿を考える「HibikiVisionプロジェクト」を起こした。まずは全員に10年後のビジョンを描いた小論文を書いてもらったところ、意外な結果となった。スマートフォンとコンビニエンスストアがあれば金融はほとんどカバーできるようになっているはずであり、そこを前提に「デジタルを利用してどうするか」というテーマが多くなると考えていた。しかし、「地域密着」、「フェイス・トゥー・フェイス」、「泥臭い仕事」をやっていこうという意見が中心だった。そこを土台としてDXやITを併走させていくという。どんなにデジタルが進化しても、人と人のつながりは消えないということだ。若い人からこのような考え方が出てくることに正直驚いた。
このような意見をさらに深掘りし、我々は「フェイス・トゥー・フェイス」を一歩進めて、「フェイス・トゥー・フェイス・トゥー・フェイス」を目指そうということになった。人と人のつながりの先に、さらに人とのつながりを求める。新しい取組みのように思えるが、これこそが当金庫の先人たちが重きを置いてきたことだと感じている。 - 三宅 100周年記念のプロジェクトで、「フェイス・トゥー・フェイス」をさらに進めた「フェイス・トゥー・フェイス・トゥー・フェイス」という言葉が出てくるということは、原点回帰として非常にすばらしいことだ。ある意味、信用金庫の理想のありようそのものかも知れない。地方銀行とは違った立ち位置であるからこそできることだ。
- 加藤 新しい経営理念「このまちが、すべて。このまちに、すべて。」を打ち出した。
- 井倉 100周年に向けたプロジェクトの一環で、「理念を変えよう」という意見があった。当初は「変えなくていいよ」とも思ったのだが、非常に良いものを生み出せた。「まち」が活性化しなければ我々の未来もない。我々は地域から出ていくことはできない。100周年記念式典に、全国信用金庫協会や信金中央金庫を含め多くの信用金庫に参加してもらったが、「少ない言葉で、根本的ですばらしい」と褒められた。
強い産業基盤のもと新たな課題に立ち向かう
- 加藤 ゼロゼロ融資の返済も始まっているが、地域の景況感はどうか。
- 井倉 コロナ禍における北九州の景況感は全国と比べ悪くなかった。日産自動車やトヨタ自動車等の自動車産業や、安川電機のような電気機器メーカーと大きな産業があるからだ。もちろん飲食や観光は大きな打撃を受けたが、大手企業は目立って悪くならなかった。現在も、大手企業が北九州の景気を引っ張っている。
コロナ禍が明けて、倒産が多くなってはいる。23年度の取引先の倒産件数は、22年度の倍だった。特にゼロゼロ融資から付き合い始めた先で倒産が多かった。当金庫としてもゼロゼロ融資の返済が始まったら大変なことになると心配していたし、お客さまも困るだろうと想定していた。融資の残高が何十億かは減ると考えたため、融資権限を下げる等、いくつか仕掛けをした商品を作って備えていた。それが功を奏し、ゼロゼロ融資の返済が始まった後に、この商品は運転資金や設備資金としてお客さまに使ってもらっている。この先がどうなるかはわからないが、今のところ一括返済や返済不能等が急増しているという状況ではない。融資残高も右肩上がりだ。 - 三宅 北九州は産業構造が盤石だ。古くからの取引先はコロナ禍に強かったのではないか。
- 井倉 日本製鉄を中心に製造業が盛んな時代が長かったため、古くからの取引先では顧客や自己資本が充実しており倒産は少ない。オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックを乗り越えてきたため、危機への対応に慣れている。余裕は十分にあるため、M&Aで買収を探る動きも少なくはない。
- 加藤 九州には力強い産業が多くあるが、シリコンアイランドと言われるように、これからは、半導体産業の存在が大きくなっていく可能性がある。
- 井倉 TSMCの熊本県への工場新設をはじめとした半導体産業の進出は、1901年に官営八幡製鉄所ができたときと同じくらいのインパクトがあるだろう。次の100年ですごいことになるのではないか。北九州においても新たな動きの芽が出てきている。街ができて、人が増えれば信用金庫の出番だ。しかし、課題もある。熊本県では人手不足により人件費が高騰し、信用金庫から人が引き抜かれることがあるという。九州における人手不足の問題は、これからさらに大きくなっていくだろう。
つながりを重視し後継者不足に立ち向かう
- 加藤 福岡ひびき信用金庫は早いうちから事業承継・M&Aに力を入れてきた。具体的施策、人材の育成法について聞かせてほしい。
- 井倉 2016年と少し古い調査ではあるが、同友会の会員1468名に対して、後継者の有無等についてアンケートを行った。結果は、代表者の平均年齢が60・7歳、「後継者が不在」と答えた方は33%だった。そこでM&A対策室を立ち上げ、施策を練ってきたが、実は案件はあまりなかった。職員の研修を継続的に行い、専担者も配置し、ここにきてようやく職員のM&Aに対してのアンテナが立ってきたと感じている。それを物語るように、徐々に売り買いの情報が増えてきている。
22年度の経営相談数の累計は、法務、税の相談等を含めて345件。この中で事業承継・M&Aの相談件数は81件、23.5%だ。当金庫の子会社である「ひびしんキャピタル」において、12年からM&Aの業務を推進している。当初、日本M&Aセンターには案件の進め方を含めて、大変お世話になった。19年からはヒアリングシートを利用して、支店の営業担当者がお客さまにM&Aに関する聞き取りを行い、本部の専担者につなぐというスタイルを取っている。
今年の2月末に製造業で興味深いM&A成約事例があった。売り手側は、経営者が脱サラを経て大きくした会社だが、後継者がいないということで買い手を探していた。最初は当金庫の営業エリアから探し始めたが、相手がおらず、全国を探し回った。結局、見つけた買い手は、売り手の近隣で事業を行うお客さまだった。まるで、チルチル・ミチルの青い鳥だ。今後は同友会やニューリーダー会を活用し、エリア内で後継者不足の解決を図っていきたい。
人材の育成については、研修を行うだけでなく、専担者が同行訪問を通じて教育を行っている。しかし、職員に対しての教育だけが大切なわけではない。お客さまに対しての研修も非常に大切な取組みとして行っている。当金庫では毎年「福岡ひびき経営大学」を開催している。22年度においては、全4日間の講座「地域企業の事業承継~なにをつなぐか どうつなぐか~」を行った。経営者にも事業承継に対する知識や必要性をしっかりと身に付けてもらうことが重要だ。 - 三宅 後継者がいない割合が33%というのは、非常に低い数値だ。同友会やニューリーダー会をはじめ、金庫における事業承継やM&Aに関する取組みが効果を上げている結果ではないか。まずは親族承継を考える。これはニューリーダー会できちんと育成している。その上で、33%の後継者がいない経営者に対しては、4名のM&Aチームが専門的な知識を持って対応している。そのうち3名が当社に出向し、M&Aの経験を積んでいる。信用金庫において、このように全方位でしっかりとできているところは意外と少ない。
- 井倉 後継者がいない割合の低さが、同友会やニューリーダー会だけの成果だとは思っていない。しかし、経営者の子息が東京・大阪から帰ってきてニューリーダー会に入ったときに、同じような仲間がいることは非常に心強いのではないか。お客さまを訪問して感じることは、数字が示すように多くの会社に後継者がおり、頑張って経営を学んでいる。特に、歴史の古い企業が多い若松地区(北九州市若松区)の製造業は、最初からしっかりと後継者を育てる傾向があり、代々続いている。今後は同友会やニューリーダー会のお客さま同士で、「後継者がいないので、あなたに頼む」というようなM&Aが出てくるのではないかと思っている。
小規模なお客さまの事業承継やM&Aは、私たち信用金庫に課せられた仕事であると職員には伝えている。街のうどん屋やラーメン屋等が、ここ10年でかなり減少した。前にお好み焼き屋に行ったとき、高齢の女性店主が「体調が悪いから私は辞める」と言っていた。これは多くの小規模店の店主の声なのだろう。信用金庫はそのような声を拾わないといけない。チェーン店にとっては単なる小さな店であるかも知れないが、一つ一つの店舗はその地域に根付いた文化といっても過言ではない。私たちの地区には、「鉄文化」だけでなく、「食文化」もある。地域の「色」は維持しなければならない。 - 三宅 その通りだ。文化や技術というものを残していかなければならない。それがなくなってしまうと地方創生はできなくなる。我々の事業でも、1カ月に100件以上の小規模案件の成約がある。高齢な事業主はもう店を維持できない、若い人は新規開店したいけれどもお金がない。そこをつながなければならない。しかし、後継者問題は潜在ニーズである。「私の会社は後継者がいません」と手を挙げて訴えてくれる経営者はいない。だからこそ、支店長の感度は非常に重要になってくる。
金融機関の伝統的人材育成から脱却しDX人材を育てる
- 加藤 サステナブル経営、DXの推進は待ったなしだ。どのような取組みを行っているか。
- 井倉 SDGsについては金庫として取り組んできたが、23年に、独立した「サスティナビリティ推進室」を創設した。金庫の環境問題への対応、お客さまへの啓蒙活動を同時並行で進めている。遅ればせながら、特に重視するのはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)だ。気候変動に対して、当金庫としてどのように行動していくかを研究している。これまでに22年度までのCO2排出量の計算を完了させた。これから23年度、24年度と計算し、今後どうしていくかを検討する。可視化して、対策を練ることになるだろう。お客さまに対しては、東京海上日動火災保険の力を借りてアンケートを取っている。お客さまの取組状況とCO2の排出状況を可視化し、対策をすることで支援を行っている。
DXに関しては、これから「DX推進室」を作る予定だ。今はその準備段階で、若くてやる気のある職員二人を完全に自由に活動させている。私服で福岡や小倉のコワーキングスペースに行って横のつながりを作っている。これはシステム部の提案で、日進月歩であるITやAIの世界で成長してもらうため、このような育成方法を採っている。心配になることもあるが、精力的に活動しているという報告を受けている。福岡や小倉にも東京からシステムに精通した人たちが来るらしく、いろいろな助言を受けているようだ。
このような新しい分野の活動を含め、金融機関には多くの責務がある。地域に根差した金融機関として、常に「フェイス・トゥー・フェイス・トゥー・フェイス」を意識した経営を行っていかなければならない。そして、その考えのもとで新しい施策を次々と打っていく必要がある。事業承継に貢献している同友会やニューリーダー会にしても、設立当時の趣旨や理念はもっと違うところにあったのかも知れない。しかし、時代が移り変わり、現在においては当庫の貴重な財産になっている。役職員全員で、意識を高く持ち挑戦していくつもりだ。