不確実な時代だからこそ目指す「やさしい金融機関」«トップ鼎談»
日本M&Aセンター◆特別企画◆トップ鼎談
〔週刊 金融財政事情 2024.6.25号〕
※本鼎談は2024年4月18日に実施したものです。
お客さま支援をしなければ立ちゆかないところまで自らを追い込む
西武信用金庫 理事長 髙橋 一朗 (たかはし いちろう)氏
1960年生まれ。83年西武信用金庫入庫。立川南口支店長、支店強化担当部長、事業支援部担当部長を経て、2008年常勤理事、18年常務理事法人推進部長、19年から現職。
後継者難倒産が増加する中ではスタートアップを増やす発想が重要
株式会社日本M&Aセンターホールディングス 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役、2008年社長、24年会長。日本M&Aセンターは、07年に東証一部に上場。21年10月純粋持株会社体制に移行し、22年4月より東証プライムに上場。
[コーディネーター]
金融財政事情研究会 理事長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年社長。17年グループCEO。23年4月より現職。
取引先の7割が黒字を確保
- 加藤 資源高や物価の高騰等、先行き不透明な中、企業を取り巻く環境は厳しい。取引先の景況感はどうか。
- 髙橋 かつて高度成長期には国内の中小企業は約600万社あり、そのうち7割以上が黒字企業だった。コロナ禍前、国内の中小企業は約318万社に減少し、そのうち7割が赤字と言われた。コロナ禍は明けたが、7割が赤字の時代に戻っただけであり、決して順調でこれから安心ということではない。
そうした状況下、当金庫の取引先企業1万5000社のうち、7割の企業が黒字を確保している。黒字企業が多いことで、当金庫としても不良債権や償却・引当のような信用リスクが極小化できており、一定の利益が確保でき、その利益を再び顧客支援につなげるという好循環が実現できている。 - 加藤 顧客支援で力を入れていることは何か。
- 髙橋 顧客支援において最も注力しているのは、信用金庫の本業である融資だ。当金庫の預貸率は7割で、全国の信用金庫でトップクラスにある。多くの金融機関は預貸率が下がった分、国内債券や外国債券等の有価証券運用を行っているが、有価証券運用は金融機関の本業ではなく、そこに注力すべきではないと私は考えている。
私が当金庫の理事長に就任した2019年以降、順次、預証率を引き下げた。21年には3%台まで下げた。23年には、地方銀行全体で有価証券の含み損が2兆8000億円との報道がされた。当金庫は有価証券による運用に注力していないことから、有価証券の含み益を持つ数少ない地域金融機関となっている。
有価証券運用に頼らない体質を築いたことから、当金庫の決算はすべて取引先の決算で決まる。本来、金融機関の決算はそうあるべきだ。より一層お客さま支援をしなければ、当金庫は立ちゆかない、というところに自らを追い込んでいる。 - 三宅 金融機関に限らず、本業以外にビジネスチャンスを求める企業は多い。しかしながら、本業で収益を稼げる体質でなければ、100年先も存続するようなサステナブルな企業とはなりえない。そうした本業に邁進する姿勢を金融機関自らが取引先に見せることは非常に大切だ。
人材紹介事業で100人以上の人材マッチングを実現
- 加藤 中小企業では人手不足が顕著であり、人手不足に起因した倒産件数も増加傾向にある。人手不足対策としてどのような取組みを行っているか。
- 髙橋 私が取引先を訪問する中でも、大半の企業オーナーは人手不足を口にする。私は日頃から職員に対して、「私たちが人口減少に代わるエネルギーになるんだ」と話している。
21年には子会社で人材紹介業務を開始し、取引先の人手不足解消に取り組んでいる。取引先から求人を預かり、当金庫と提携する人材関連企業と連携しながら、人材マッチングを進めている。人材紹介事業では、これまで100人以上の採用が決まった。
人材マッチングの成約手数料を安価に設定している。人材紹介に限らず、当金庫では、フィービジネスで収益を上げることを目的としていない。当金庫が主体的に人材紹介等の事業支援に取り組むことで、取引先企業の人手不足等の課題が解消され、業績が向上し、融資がしやすくなったり信用リスクが軽減されたりすればよいと考えている。
人材紹介事業は今後も継続していくが、人材を紹介するだけでは根本的な解決にならない場合もある。取引先で人手が足りない根本的な理由を考えたとき、例えばビジネスモデルが時代と合っていないことや、福利厚生・職場環境が悪く社員が辞めてしまうこと等が往々にしてある。職員には、取引先と対話をする中で、単に人材を割り当てるのではなく、なぜ人材不足となっているのか、潜在的な企業課題を見つけ、一緒に解決していくことが大切だと話している。当金庫には500人の営業職員と250人の窓口職員が在籍している。担当しているお客さまがどういう課題を抱えているのか、その課題を解決するためにどういう支援、どんな準備をしなければいけないのかを職員一人ひとりに考えさせ、それを職員自身の業績目標としている。
「やさしい金融機関」に込められた三つの想い
- 加藤 「中期経営ビジョン2023-2028」では、「人に地域に未来に“やさしい”金融機関」を掲げている。「やさしい」という言葉に込めた理事長の想いは。
- 髙橋 「「やさしい」という言葉は金融機関にはふさわしくない」、「簡単」、「甘い」、「誤解を招く」。今回の中期経営ビジョンについて常務会で話した際の、役員からの反対意見だ。私は、「3年前に作った中期経営計画が、どれほど記憶に残っているか。長い綺麗な文章ではなく、わかりやすい言葉を共有したい」と言った。「やさしい」という平仮名4文字であれば、すべての職員が覚えてくれる。そう思ってこの言葉を中期経営ビジョンに入れた。
「やさしい」という言葉を入れたもう一つの理由は、時代が常に変化することにある。前回の中期経営計画の実施期間中には、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻等、誰も予想できない事態が起きた。結局、中期経営計画で掲げた業務計画の数字を何回も変えることとなった。前中期経営計画の3年間は、PDCAサイクルで言うところのプラン(P)のみに終始することになってしまった。
私は役員に、「次の5年間で何が起こるかわからない。その都度計画を変えていくことは意味がない。時代が変わったから数字を変えるのではなく、どう変わるかはわからない不確実な時代の中でも、当金庫が変えないものを決めていった方が、お客さまや職員にとっても理解がしやすいのではないか」と話した。
3年間でも5年間でも当金庫が守っていきたいものは何かを考え、「やさしい金融機関」になるという、数字ではない言葉での中期経営ビジョンとした。 - 三宅 足元では円安が急速に進行する等、経済環境の変化が企業の業績に与える影響は大きく、経営ビジョンで掲げた計画通りにPDCAサイクルを回していくのは困難な時代にある。そうした中、当社では23年に、全社員参加の下で新パーパスを策定した。新パーパスでは、お客さまファーストを第一義とし、最高の業務品質の提供によりお客さま満足度を高めることに注力している。
- 髙橋 中期経営ビジョンの「やさしい金融機関」には、お客さま同士がやさしい関係を構築するための架け橋となりたいという想いが込められている。協同組合は、江戸時代に人が集まって協力し合ってできたのが原点だ。当時はまだ人が動く時代ではなく、出生地で生涯を過ごす人が大半だった。人と人とが協力し合い、商売が違っても道具を使い回すとか、人がいないときには融通し合うとか、そういうやさしい関係から協同組合が誕生した。だからこそ、当金庫は、お客さま同士のやさしい関係を作っていくために「やさしい」という経営ビジョンを掲げ、協同組合の役割を果たしていく。本来の中期経営ビジョンは、5年先、10年先の未来に向かって策定するが、当金庫の目標は、未来ではなく、協同組合の原点に回帰することだ。
「やさしい」には、お客さまに対してだけでなく、当金庫で働く職員同士もやさしい関係であってほしいという想いも込められている。当金庫は19年に、不適切な融資等により当局から行政処分を受けた。行政処分を受けた要因の一つは、行き過ぎた成果主義により、融資をどれだけ伸ばせたかだけが評価され、債権管理や事務は評価されない体系となっていたことだ。評価されない仕事を職員同士が押し付け合うような、ギスギスした関係となってしまっていた。現在は、評価体系を見直し、そうした関係は改善した。中期経営ビジョンに「やさしい」という言葉を組み込むことで、職員同士がさらにお互いを尊重するような関係性を構築してほしいという想いがある。
さらに、職員と経営陣とがやさしい関係でありたいとも思う。職員にお客さまのために働いてもらうには、職員と経営陣がやさしい関係でなければいけないからだ。私は、経営陣に、「職員に対して厳しいだけでは絶対にいけない。厳しく接すれば職員は明日にもすべて辞めてしまうかもしれない。そうなれば、わずか12人の経営陣だけで明日から何ができるのか。職員がいて初めて当金庫が成り立つ。経営陣は100%職員ファーストでいきたい」とよく話している。職員と経営陣がやさしい関係であれば、職員は一生懸命働いてくれると思う。今の職場を安心・安全で居心地よいと感じてもらえれば、職員はお客さまにも丁寧に応対してくれるはずだ。
経営ビジョンで掲げる「やさしい金融機関」の中には、お客さま同士、職員同士、そして職員と経営陣という三つのやさしさへの想いが込められている。
事業承継問題解決の糸口となる女性後継者の会
- 加藤 事業承継に関する具体的な施策について伺いたい。
- 髙橋 22年7月、女性後継者の会「SEIBU LADY LINK」を設立した。この会は、女性親族でも事業を承継することが可能であるとの意識の醸成をし、取引先の事業承継と成長を積極的に支援することを目的としている。設立の背景には、創業のDNAを血縁でつないでいくことに一定の価値があるのではないかという私自身の考えもある。
現在、日本の事業承継で問題になっているのは、少子化により企業オーナーの子どもが少なくなっている点だ。企業オーナーには、今は、昭和の初期のように6人も7人も子どもはいない。せいぜい一人、二人だ。企業オーナーの子どもが女性だけだったとき、会社を譲らないという習慣が日本に根強く残っているのも、事業承継を阻む課題となっている。企業オーナーが創業した50年の間は高度成長期だったが、21世紀は女性が持つ特有の感性が企業経営に活きてくるはずだ。
「SEIBU LADY LINK」は、当初25社の参加からスタートしたが、今では3倍に増えた。女性で事業承継した社長と、これから事業承継する女性の皆さんが一緒に集まるのを見ていると、「売上げが上がらず困っている」、「古株の社員との関係性に悩んでいる」といった生の会話が聞こえてくる。そうした女性同士が抱えている悩みを気軽に相談できる場が、「SEIBU LADY LINK」だ。女性後継者が定着すれば、日本の事業承継問題の半分が解決できるのではないか。 - 三宅 中小企業庁の試算では、25年までに70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者が約245万人となり、そのうち約半数の127万人が後継者未定とされている。当社で手がけるM&A案件は年間約600件であり、当然ながら、M&Aだけでは後継者不在の127万人を救いきることはできない。女性を後継者とする事業承継が国内全体で定着すれば、多くの企業が抱える後継者不足という課題を解決する糸口となる。
西武信用金庫の本支店がある東京都中野区、渋谷区、杉並区には26万7000社の中小企業・小規模事業者が所在しており、東京都の後継者不在率53・9%を掛けると、そのうち約1万4000社が後継者不在の企業という計算になる。西武信用金庫の取組みを通じて、後継者不足に悩む企業を減らすことができれば、全国の金融機関に向けた事業承継のモデルケースとなるはずだ。
スタートアップ支援の架け橋となる「TOKYO Startup Nexus」
- 加藤 スタートアップ支援にも注力されている。具体的にどのような支援を行っているのか。
- 髙橋 当金庫の関連会社である西武しんきんキャピタルでは、20年以上にわたりスタートアップへの支援や、約100億円の投資を行ってきた。22年11月に日本政府が発表した「スタートアップ育成5か年計画」では、27年度までに日本のスタートアップ市場を7500億円から10兆円規模に拡大する目標が掲げられた。そうした政府からのスタートアップ支援へのメッセージを受け、当金庫では23年5月に「スタートアップ支援センター」を設置し、スタートアップへの支援態勢を強化している。
23年11月には、スタートアップ支援センターが事務局となり、当金庫と関わりのあるスタートアップと政府機関や地方自治体、大学、金融機関、VC等のスタートアップ支援機関の架け橋として、スタートアップ支援プラットフォーム「TOKYO Startup Nexus」を発足させた。 - 三宅 後継者難による倒産が増加する中では、スタートアップを増やす発想が重要だ。また、スタートアップ支援を強化していくためには、一つのソサエティー(共同体)を作っていかなければ難しい。西武信用金庫が発足させた「TOKYO Startup Nexus」は、自分のところだけではなく、周りも巻き込んでスタートアップ支援を行っていくという観点で素晴らしいソサエティーと言える。
- 髙橋 当金庫は20年以上かけてスタートアップに投資をしてきて、結果的には成功している。現在、全国には254の信用金庫があり、信用金庫が地域からお預かりしている預金の合計は160兆円だ。過去には預貸率が7割から8割あったが、今は残念ながら東京も全国も預貸率の平均が50%を下回っている。余った預金を株や債券等の運用に回して利益を狙うわけだが、23年は金利の上昇で債券価格が下落し、運用に苦慮する金融機関も多くある。
各信用金庫が総預金の1%を10年から20年にわたりスタートアップ投資に振り向ければ、全信用金庫預金量160兆円の1%、つまり約2兆円近くをスタートアップ支援に回すことができる。そうすれば、政府が掲げる10兆円のスタートアップ投資目標のうち、5分の1を信用金庫で賄うことができる。結果として、信用金庫が地域で集めてくる小さなお金を未来につなげることができ、信用金庫の役割も果たせるのではないか。
理事長就任から6年目に入り、全国の多くの信用金庫の理事長と縁ができた。これからはその縁を通じ、全国の信用金庫に「TOKYO Startup Nexus」に集まってもらい、未来に向けた新たなお金の出し手を広く募っていきたいと考えている。