「凡事徹底」で地域のプラットフォームを作り山積する地域課題の解決に挑む«トップ鼎談»

日本M&Aセンター◆特別企画◆トップ鼎談

トップ鼎談秋田銀行

〔週刊 金融財政事情 2025.1.7号〕
※本鼎談は2024年9月24日に実施したものです。

10年~20年先を見据え地方銀行が担うべき役割を考え、実践していく
秋田銀行 頭取  芦田 晃輔 (あしだ こうすけ)氏
1971年生まれ。94年秋田銀行入行。2019年執行役員人事部長、20年取締役執行役員人事部長、21年取締役常務執行役員経営企画部長兼デジタル戦略室長、22年取締役常務執行役員経営企画部長兼デジタル戦略室長兼サステナビリティ推進室長、23年取締役専務執行役員、24年から現職。

県内・県外のネットワークの「コア」になるのは地方銀行
株式会社日本M&Aセンターホールディングス 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役、2008年社長、24年会長。日本M&Aセンターは、07年に東証一部に上場。21年10月純粋持株会社体制に移行し、22年4月より東証プライムに上場。

[コーディネーター]
金融財政事情研究会 理事長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年社長。17年グループCEO。23年4月より現職。

コロナ禍を脱するも二極化が進む地方
  • 加藤 円安や物価高、人口減少やそれに伴う企業の人手不足等先行き不透明な中、地方銀行最年少で頭取に就任された。まずは秋田県内の景況感や取引先の業況をお聞きしたい。
  • 芦田 コロナ禍からの出口を見据えていた2年前と比べると、法人取引先のうち約半分は増収または増益傾向にある。物価が上昇する中、価格転嫁が進むのに一定の時間を要していたが、ようやくコストに合わせて収入も増えてきた。
     日本銀行の見立てと同じく、国内の企業業績は全体としては良い方向に向かっていると思っている。一方で、減収・減益の企業もある。国内経済全体と比べて、特に地方では二極化が進んでいることが大きな特徴だろう。
     コロナ禍においては当行もかなりの資金を供給し、企業の債務は増えた。コロナ禍前と同水準の売上げ・利益では債務の返済が難しくなる先も当然出てくる。売上げ・利益をどこまで伸ばせるかが引き続き課題になる。
  • 三宅 地方を回っていると二極化を強く感じる。実は、M&Aの相談はコロナ禍の時期と比べて増加している。特に増えているうちの一つが、経営不安を理由とした企業の譲渡の相談だ。コロナ禍においては給付金等の支援策があったが、それらがなくなったことに加え、物価高や人件費の高騰が原因で企業の収益が悪化している。
     もう一つが、人手不足を理由とした企業の買収の相談だ。業績を伸ばしている企業は、人手不足の悩みを抱えているところも多い。人手を確保できないため、M&Aを活用してさらに事業を展開したいといった相談が増えている。生産年齢人口の減少が進む地方では、人材の採用が難しい一方で、物価は上がっている。人件費を上げるのも難しい中で、解決手段の一つとしてM&Aが用いられている。
  • 加藤 長きにわたった低金利状況からようやく「金利のある世界」が戻ってきたが、金融機関を取り巻く環境やその影響、今後の展開をどのように考えるか。
  • 芦田 非常に難しい経営環境にあるのは間違いないが、ようやく物の値段を動かせるようになってきた。これまでは、商品の価格をどう維持するか、といった我慢比べの側面があった。これでは、経営の中心はコスト削減や生産性向上に集中してしまう。
     金融機関においても、金利が少し動き始めたことで、経営の選択肢が増えた。預金での資金調達等、すでに差が出ている部分もある。各行の考え方の違いがこれから出てくるだろうが、いずれにせよしっかりと地元企業を支援していく。
400人の事業承継・M&A人材を育成し体制を整備
  • 加藤 2030年を展望する現在の中期経営計画(22~24年度)では、既存事業の深掘りにより経営基盤の強化を図る「基盤強化戦略」と、地域の課題解決を通じて新たな価値を創出する「地域価値共創戦略」、これらの戦略の推進力を強化する「組織・人財戦略」を三つの柱に掲げている。これまでの手ごたえを伺いたい。
  • 芦田 まず「基盤強化戦略」だが、収益や取引基盤を見るとある程度の成果が出てきていると思っている。現中計で22億円の改善を目指していた本業利益についても達成が視野に入っている。
     「地域価値共創戦略」は、中計期間の3年ではなく、10年程度の長い目で地域経済にどのような価値を生み出し、結果的に収益の種となるかを考えている。現中計では、事業承継・M&Aや地域商社等、近年立ち上げた事業を大きくすることに注力してきた。これからは各事業を連動させて相乗効果を生み出すことを考えていく段階に入る。
     「組織・人財戦略」について、例えば、事業承継・M&Aは前中計期間に本部に専門部署を設け、企業と向き合う営業店に基礎知識を持つ人材を配置すべく体制整備を進めてきた。この取組みは順調に拡大しており、現在は資格を保有する職員は約400人にもなる。本部の担当部署にも連日新規の相談が入る状況が続いており、現場での支援は順調に広がっている。
  • 三宅 地域商社の設立も早かった印象がある。
  • 芦田 価値のあるものを正しく販売し結果的に生産者の所得が増えるよう支援すべく、21年度に地域商社「詩の国秋田」を設立した。事業開始当初は苦労したが、取扱高も順調に拡大し、設立3年目の23年度に黒字を達成した。
     当行は、海外展開する企業を支援する目的で台湾に拠点を設けている。その拠点が持つ情報や人脈は商社でも活用できるため、現在は商社の台湾支店も併設し、商品の海外販売にも取り組んでいる。
  • 三宅 人口・出生率・企業数が減少する中、後継者不在率が高い秋田県の経済は、自然体で進めばシュリンクしてしまう。しかし、秋田県には世界に誇れる特殊な技術がたくさんある。これまではなかなか全国区にアピールできていなかったが、秋田銀行が地域商社を通じて全国に魅力ある商品を発信することは非常に意味のある取組みだ。
地域の「コア」としてM&A支援を推進
  • 加藤 地域課題解決への対応策の一つとして事業承継・M&Aへの支援に注力しているが、具体的にどのような取組みを行っているか。
  • 芦田 調査会社のデータでは、県内の企業の約7割は後継者が不在とされている。また、当行の取引先を支援している中で、企業規模が大きい企業ほど比較的後継者問題への対処ができていることもわかってきた。一方で、規模が小さい企業は後継者不在率が高くなる傾向にある。
     多くの企業が後継者問題の悩みを抱える中、現在営業店で受ける様々な相談のうち約3割が事業承継・M&A関連の相談だ。その数は年間800件に及ぶ。
     多くの企業からの相談に対応するため、県内の信用金庫や信用組合、事業承継・引継ぎ支援センターとの連携を進めており、実際にM&Aが成立する案件も出てきている。小規模の事業者に限らず、県内での連携の強化には引き続き取り組んでいきたい。秋田県に残された技術等を地域の中で継承していくこと、雇用をつないでいくことは非常に意義がある。
  • 三宅 地方銀行には事業承継・M&A分野における地域のプラットフォーマーになることが求められる。地方銀行のネットワークや信金・信組等との連携を生かしつつ県内のマッチングを主導し、県外については我々のような全国展開している企業との提携が考えられる。いずれにせよ、県内・県外のネットワークのコアになるのは地方銀行だろう。
  • 芦田 当行は事業承継・M&Aへの取組みを開始した当初に、日本M&Aセンターに人材を引き受けてもらった。人材を育て、実績も作ってきたことで、この地域で一番ノウハウを持っていると思っている。このノウハウに信金や信組が持っている良い点を補完し合うことで、支援の効果はさらに高まっていくだろう。
     ただ、地域経済を長い目で見ると、良いマッチングを経てM&Aが成立して終わりではない。成立後に双方が幸せになるように支援をしていかなければならない。
  • 三宅 まさに足元では金融庁が監督指針を改正し、PMI(M&A後の事業統合作業)を含めたM&A支援を金融機関に対して求めている。この流れを受けて、銀行は二つの感度を高めていくことが重要だろう。
     一つは銀行の感度を高めていくことだ。企業がいくら悩んでいても、それを受け取る感度を銀行が持ち合わせていなければ、相談に乗ることはできない。その点、秋田銀行は人材育成を含めた体制整備を進め、アンテナができあがっている。
     もう一つは顧客の感度を高めていくことだろう。企業として後継者不在の問題を抱えていたとしても、それを問題として感じていなければ対話は成り立たない。
     企業の感度を高めるためには、当社グループが提供している企業評価システム「V-Compass」が活用できよう。これは企業価値を客観的に評価できる市場価値評価額(M&A価格)と相続税評価額とを並べて示せるものであり、企業の「健康診断」の一つとして用いることができる。秋田銀行では他の地方銀行と比べても「V-Compass」の活用が進んでおり、昨年だけで2400件もの利用があった。「V-Compass」の活用により顧客の感度を高めることができ、会話のきっかけにもなるだろう。
     秋田銀行ではこの二つの感度を高めるベースがあるため、ますます事業承継・M&A支援の取組みが活発になるのではないか。
  • 芦田 「V-Compass」は情報提供のツールとして非常に有効に活用している。加えて、日本M&Aセンターとはセミナーも数多く開催している。このような地道な取組みがあって、経営者の認識も以前とは変わってきたと感じている。M&Aを通じ、生産性がより高い企業に人が移ることや技術が継承されることは、地域経済全体の生産性を高めることにもつながる。そういった意味でも事業承継・M&Aは非常に重要だ。
M&Aには新しいものをつなぐ意味も
  • 加藤 地域のブランド価値向上のために、県内の起業家やスタートアップの機運は盛り上がっているか。
  • 芦田 現中計の「地域価値共創戦略」でも起業・創業支援への注力を掲げているが、機運は高まっていると感じる。若くして事業を始める人も増えており、事業をスタートし、ある程度安定させるところまでは進んでいる印象だ。ただ、さらに事業規模を大きくするところに壁がある。もちろん、経営者は自らの力で壁を越えようと努力すると思うが、そのタイミングで事業を譲渡して、また新たな事業を立ち上げるような動きも今後出てくるのではないか。新しい事業をスケールさせるためにM&Aを活用していくことも選択肢としてありうる。その点、M&Aは必ずしも廃業がセットではなく、新しいものを「つなぐ」役割や機能がある。そういった意味でも、M&Aは今後ますます重要になる分野の一つだろう。
  • 三宅 安心して起業するためには出口が見えていることが重要だ。IPOにまで至らない企業がほとんどであることを踏まえると、エグジットとしてのM&Aの価値は高まってくる。自分が興した企業が大企業の下で成長したり、エグジットで得たお金で新たなビジネスを始めたりする選択肢もある。
     これはM&Aの譲渡案件としても人気だ。若い人の感性で創られたビジネスモデルは人気が高く、結構な金額で譲渡されている。M&Aはもはや事業承継だけの手法ではない。起業家向けの支援にも活用でき、労働集約化や業界再編等にも用いることができる。時代に合わせてどんどん幅広く使われるようになっている。
  • 芦田 事業規模を大きくしていくためにM&Aが用いられると、地域経済へのプラスの効果は大きい。秋田県は多くの課題を抱えているが、そのような中で課題に前向きに取り組む若い人もたくさんいる。課題があることは良い話ではないかもしれないが、ビジネスチャンスにもなりうる。新しいことに挑戦する人の力を取り込むことが大事だ。
地域に求められる役割に応えていく
  • 加藤 「お客さま視点」のDXを標榜されているが、取引先へのDX導入支援については、どのように考えているか。
  • 芦田 当行ではまだまだ紙を扱う事務も残っており、非効率な部分も沢山あるため、堂々と自慢できるものではないかもしれないが、できるところから支援を進めている。
     生産年齢人口が減少する中、銀行にとっても取引先企業にとっても、省力化や生産性の向上は必ず取り組まなければいけないテーマだ。しかし、どこから着手すればよいかわからない企業も多いだろう。当行が適切な支援策を持ち合わせているとは限らないため、外部の様々な事業者と連携しながら支援を進めている。
     銀行がDX支援を進めるメリットの一つは、経営者とも担当者とも話ができることだろう。例えば、IT系の事業会社の営業であれば、担当者と会話することはできても、経営者とはなかなか難しい。しかし、DXの場面では、デジタル化・省力化を進めたい担当者と経営者との間にギャップがあることも多い。銀行であれば、その双方にアプローチし、お互いの立場や考えを理解しながら納得感を持ってDXを推進させることができる。
  • 三宅 中小企業にとってDXの分野で得られる情報は、IT企業が自社商品・サービスの販売目的で売り込んでくるような情報しかないのが実情だ。本来は、自社の3年先から7年先を見通して新たなシステムを構築したり、サービスを導入したりする必要がある。地方において、このような知見を持っているのは銀行しかない。銀行は10年、15年先を見てシステム更新計画等を立てており、それに先立って相当な議論をしているはずだ。そういった経験を持った銀行が中小企業の経営者や担当者とDXに関する意見交換をすることは、非常に価値のある機会だと思う。
     生産年齢人口が減少する中、生産性を向上させる以外にGDP(国内総生産)を維持する方法はない。そのための方策の一つがM&Aによる集約化であり、もう一つがDXによる効率化だろう。その両方を担うことができるのは地方銀行だけだ。企業への情報提供に加え、議論を通じて壁打ち相手としての役目を担ってほしい。
  • 芦田 情報で言えば、地域に対して有益な情報を提供するプラットフォームを作りたいと思っている。企業も個人もアクセスが簡単で、有益な情報を取得できる場を設けることで、企業であれば新規事業の創出やビジネスマッチング等に貢献し、個人であれば日々の生活の質をより良いものにすることに寄与できる。仮に当行がこのような取組みを行うとすれば、県内での動きになるだろうが、似たような動きは各地域で起こるだろう。各地域のプラットフォームを連携させることができれば、さらに情報の幅は広がり、経済的・社会的な交流が生まれる。情報の連携を通じ、地域を超えた交流の創出を目指していきたい。
  • 加藤 「凡事徹底」がモットーだと聞いている。地域の新たなネットワークの創出にしろ、まさに秋田銀行の出番だ。
  • 芦田 そういった存在でありながら、しっかりと伴走もできるパートナーになるべく取り組んでいる。事業承継・M&Aに限らないが、常に我々の役割を考えながら仕事をしなければ収益の追求に偏ってしまう。同じことを続けていると非凡になるわけではない。地道に少しずつでも物事を改善し、進めていくことが大事だと思っている。
     銀行員はどうしても過去の実績を見て判断しがちだ。しかし、人口減少を中心とした大きな課題を抱える今、10年~20年先を見据えてどのような役割を銀行が担うかを考えなければならない。地方銀行に求められる役割はまだまだある。これからも求められる役割を考え、それに応えるべく実践していく。