お客さまにしっかり寄り添い何でもご相談いただける「かかりつけ医」になる 日本M&Aセンター特別企画

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お客さまにしっかり寄り添い、何でもご相談いただける「かかりつけ医」になる
〔週刊 金融財政事情 2020秋季合併号掲載〕
※本鼎談は2020年8月26日に実施したものです。

コロナ禍の今こそ、私たちが頑張るべき局面
武蔵野銀行 頭取 長堀 和正(ながほり かずまさ)氏
1961年生まれ。84年武蔵野銀行に入行。06年戸田西支店長、08年越谷支店長、10年総合企画部長、11年執行役員総合企画部長、14年常務取締役、17年専務取締役などを経て、19年6月から現職。


異業種企業や規模の大きい中堅企業とのM&Aが重要に
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年より現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部等を経て2011年取締役出版部長。13年6月より現職。17年からきんざいグループ代表。

全先調査を実施しお客さまニーズを把握


  • 加藤 2020年4~6月期の国内総生産(GDP)の確定値は、年率換算では28.1%減だった。これはリーマンショック後の09年1~3月期の年率17.8%減を大幅に下回る戦後最悪の水準だ。新型コロナウイルスの影響で日本全体が苦しんでいるが、埼玉県内の景況感はどうか。

  • 長堀 政府の統計と同じような景況感だ。5月下旬に緊急事態宣言が解除され、6~7月に需要が戻り始めたものの、その矢先に新型コロナウイルスの感染が再拡大し、景気の先行き不透明感が増している。ぶぎん地域経済研究所の調べによると、県内企業の9割以上が何らかの影響を受けている。影響を受けた業種は当初、飲食、サービス、観光、宿泊などが中心だったが、足元では建設、製造などにも広がっている。最近、地元の経営者の方々に状況をお聞きしたが、以前の需要や消費に戻るのはもう少し先になりそうだとの印象を受けた。ウィズコロナを前提とするニューノーマル(新常態)の世の中では、消費活動が平時の7割程度になると言われている。県内企業は、その「7割経済」の中でどう収益を上げていくのかを考えながら、事業モデルの再構築に当たっている。

  • 加藤 コロナ禍で、融資申込をする県内企業が増えているのではないか。

  • 長堀 6600件ほどのお申し出をいただいている。2割弱は新規のお客さまだ。幅広い業種の企業がコロナの影響を受けていて、これまで銀行借入とはご縁がなかった先や、当行とお取引のなかった先が「実質無利子・無担保なら借りてみようか」と考えるようになっている。リーマンショックとは異なり、銀行も体力を付けてきているので、お申し出に対しては満遍なくお応えできている。ある信用調査会社によると、埼玉県内の「コロナ倒産」は8月末現在で9件だ。少なく抑えられていると思う。
    ただ、コロナの収束はまだ見えていないので、長期戦を覚悟しながら「コロナの第二波・第三波にどう対応していくのか」「県内企業が事業モデルの変革に動き出すときにどんなお手伝いができるのか」といったことを考えていく必要がある。資金供給はもちろん、次の一手という意味では経営改善や事業再生に向けたビジネスマッチングなどが重要になってくる。行内でよく「お客さまのお金まわりだけでなく、一切合切をお任せいただける、かかりつけ医になろう」と言ってきたが、お客さまが本当に苦しんでいる今こそ、最初に何でもご相談いただける存在になりたいと思っている。

  • 三宅 中小企業の経営者はこの春、ただただ右往左往していた。得体の知れないウイルスが発生したことで、最初に自分や家族、従業員の身を案じ、次に商売の心配をした。緊急事態宣言が出された後、店舗や工場を休みにしてリモートワークを積極的に導入しようという流れになったが、それでは売上げがなくなるし、店や工場を休みにしたところで人件費や家賃は発生する。
    そもそも、リモートワークと言っても、全従業員にパソコンを支給できない中小企業もある。だから在宅勤務は実質的に在宅待機になっていた企業も多い。「大変なことになった。銀行からお金を借りよう。国からの給付金ももらわないといけない」と思っても、手続に詳しい人がいない。税理士に相談しようと電話をしてみたら、税理士も休んでいる。そんな状況で、中小企業はてんやわんやだった。

  • 長堀 お客さまのコロナ不安が一番強かった春先、融資取引をしている全先(約2万先)にコロナの影響調査を実施し、担当者にはその後の状況をしっかりフォローするよう、指示を出した。先ほどお話したように融資のお申し出が非常に増えている。入行以来、短期間にこれだけ借り入れのお申し出が集中することはなかった。あらゆる企業が資金を必要としているので、現場には「これはある意味、いい機会だ。先輩といっしょに勉強しながら業務に当たって欲しい」と話している。新入行員を含め、若い行員は地域の経済や企業に貢献したくて地域金融機関に入ってきている。今こそ私たちが地域のため、企業のために頑張るときだと思っている。

  • 三宅 今ほど地域金融の必要性が叫ばれる時代もないだろう。中小企業の経営者は本当に苦しんでいる。緊急事態宣言が解除され、店や工場を開くところも増えてきているが、ソーシャルディスタンスを意識して店の席数を半分にするなどしている。しかし実際には、3割くらいしか埋まっていない。工場も、再開したけど注文が来ないという状況だ。中小企業の経営者はこれから「借り入れの額は増えたが、商売は赤字のままだ。さらに借り入れを増やすべきかどうか」といったところで悩むと思う。

  • 長堀 秋口から年末にかけてそういう状況が起こり得る、というイメージだ。資金が尽きる前にお客さまの懐に入っていき、しっかり寄り添い、事業の再構築に向けた支援に動き出すことが重要だ。その意味で、ソリューション営業人材を現場に配置できるのは大きな強みになる。当行は、預貸ビジネスだけに頼らなくても収益を上げられる銀行になるために、この4年間で計120人のソリューション営業人材を育てる計画を進めている。
    ただし現状、本部のソリューション営業部の人員だけで、全店を回り切るのは難しい。当面は「支店の担当者がお客さまのところに行き、ソリューション営業部のスタッフがリモートでそこに加わる」という営業形態も必要になる。このような新しいやり方が定着してくれば効率はもっと上がる。

「10年ビジョン」でも掲げた役務取引等利益が好調


  • 加藤 中期経営計画でもソリューションビジネスに力を入れることをうたっている。20年3月期決算で役務取引等利益が過去最高の91億円になるなど、ここまでの取組みに確かな手応えを感じているのではないか。

  • 長堀 当行は、創業60周年の節目となる13年に、10カ年の長期ビジョン「MVP(Musashino Value-making Plan)」を策定している。これは、当行が歩むべき次の10年の針路について若い行員も交えて議論を重ね、取りまとめたものだ。このビジョンを達成するために3つの中期経営計画(13年4月から16年3月までの3カ年計画、16年4月から19年3月までの3カ年計画、19年4月から23年3月までの4カ年計画)を設けていて、今、最後の4カ年計画を推進しているところだ。
    ソリューション営業人材の育成を進めているし、他社との提携の中で新しいサービスのラインナップも充実しつつある。「半数以上の地銀は本業利益が赤字」と言われる厳しい環境の中では、進むべき方向性を堅持し、そのための施策を打ち出せているのではないか。コア業務粗利益に占める役務取引等利益の割合は20%まできているが、それを30%にまで上げるのが中計で掲げている目標だ。あと2年半ほど、組織を挙げて達成したい。

  • 加藤 ソリューション営業はどの銀行も力を入れている。他行との差別化で心がけていることは何か。

  • 長堀 差別化のカギとなるのは、人と店舗と情報の3つだ。当行では創業以来、地域共存・顧客尊重という経営理念を掲げているが、そのDNAを持つ人材、その理念を体現できる人材をたくさん育成していくことが大切だ。店舗について言えば、デジタル化の進展で店舗についての考え方や位置付けが変わってきているが、店舗があるからこそお客さまや情報が集まってくるとも考えている。
    そして店舗から得られる情報については、単に「こういう情報がありました」で終わるのではなく、お客さまの課題解決や成長に資するソリューションをお客さまごとにそれぞれ提供していくことが重要だと考えている。人と店舗と情報をベースにして事業性評価やソリューション営業をスピーディに回していけば地域密着型金融を実践できるし、メガバンクや大手行との差別化にもなる。

きめ細やかな相談対応を展開


  • 加藤 中小企業経営者の大きな関心事が後継者問題だ。高齢化が著しい経営者のためにも、これからは事業承継・M&A支援がより一層重要になる。

  • 長堀 埼玉県は県外への製品出荷や販売額などで全国5~6位の位置にいる。それを支えているのは中小企業だ。中小企業庁の統計では埼玉県内で働いている人のうち8割、130万人以上が中小企業に勤めている。埼玉県は東京に隣接していて、若い人たちも流入してきているが、中小企業の状況を見るとやはり高齢化の問題を抱えている。帝国データバンクの調査によると19年の埼玉県内企業の経営者の平均年齢は60.2歳で、後継者不在率は67.6%だ。後継者不在率の水準自体は全国14位だが、企業数で見れば相当の数に上る。コロナを機に「後継者もいないことだし、このタイミングで廃業しよう」というサイレント倒産が増える懸念がある。地域の産業や雇用を守ることが私たちの責務なので、廃業ということが正しい選択肢なのかどうかも含め、まずは最初に相談される存在になることが重要だと思っている。

  • 三宅 私の実感で言えば、事業承継に関しては前倒しが起こっている。それから「子どもに継がせてもいいかな」と考えていた人の気持ちが第三者承継、M&Aのほうに傾いている。頭取がおっしゃるとおり、コロナで廃業を検討している人も多い。私は、廃業だけは絶対に避けるべきだと考えている。世の中に不要な会社などない。存続させた上で地域経済を維持・発展させ、従業員やその家族の人生を豊かにする方策を探るべきだ。
    その思いから当社は6月下旬、すべての企業と経営者に向けた提言を発表すると同時に、全国の約25万社にダイレクトメール(DM)を発送し、無料経営戦略相談のご案内をした。DMの反応率は昨年度の8倍だった。DMに記したのは、ウィズコロナの新時代を生き抜くために、企業はリスク分散を可能とする事業構造を構築し、危機に強い会社に脱皮していく必要がある、といったことだ。リスク分散とは、事業エリアの分散、販売チャネルの多様化、サプライチェーンの確保などを指す。
    今回のコロナショックで中小企業が学んだのは「いざというとき、一本足打法は弱い」ということだ。7割の稼働率で黒字を出す努力や工夫は大切だが、これからは「事業エリアが首都圏だけの企業は北関東にも進出する」「販売チャネルが実店舗だけならインターネットでも売っていく」「洋服だけを販売しているところは実用品も扱う」「原材料や部品の調達を中国に依存している企業は別のサプライチェーンも確保しておく」といった変革がより重要になる。さらに言うと、その変革を実現するには同業や異業種企業を買収したり、比較的規模の大きい中堅企業の傘下に入ったりする戦略が必要だ。事業承継・M&Aは、銀行のソリューション力が生きる領域だと思っている。

  • 長堀 当行でも事業承継について「自社株評価や株式の移転をどうしたらいいのか」といった相談を受けている。相談件数はここ2年で6倍になった。M&Aについても300件以上の相談があり、こちらもここ2年で相談件数が3倍弱になっている。この数字にはコロナの影響が加味されていない。銀行に相談をしたいというお客さまはコロナ後に増えているはずなので、それをしっかり感知できるようアンテナを張っておきたい。
    専門人材の育成という部分では、日本M&Aセンターさんのお力添えをいただいている。日本M&Aセンターさんと業務提携を締結した03年以降、現在本部のM&Aチームに所属する6人を含め、計8人が出向のかたちでお世話になっている。銀行の外に出て、異業種の人と仕事をするという「他流試合」を重ねると、ノウハウ、情報、引き出しが増える。おかげさまで第8回M&Aバンクオブザイヤーの部門賞「地域貢献大賞」をいただくことができた。

  • 三宅 当社の提携行の中で見ると、関東地区でトップ、全国で7位だ。力のあるメンバーがそろっているし、実績もある。埼玉という非常に大きな県の第一地銀としてソリューションビジネスを展開していける実力を十分に備えている。

「拙速は巧遅に勝る」で経営のスピード感を重視する


  • 加藤 地域金融機関のソリューション力が高まれば企業も活性化し、地域創生にもつながる。

  • 三宅 そのとおりだ。しかし、中小企業だけ存続させても地域の経済は決してよくならない。後継者不在による中小企業の廃業を食い止めていくのは地域金融機関の大きな役割だが、それと同時に、中堅企業の成長戦略を実現していくこと、そして若い人たちが「埼玉県内で就職したい」と思えるようなスター企業を育てていくことが重要だ。そうして二の矢三の矢を、銀行と一緒に放っていきたい

  • 加藤 金融サービスのデジタル化についてはどのようにお考えか。

  • 長堀 デジタル化の進展は銀行経営に大きな影響を与える。今は個人のお客さまの多くが入出金や振込などの簡単な手続を店舗内ではなく、ATMやネットバンキングですませている。金融商品の購入や各種相談で来店されるお客さまについては店舗内で対応できるが、そうしたお客さまに関しては当行のスマートフォン向けアプリ「武蔵野銀行アプリ」などを通じて接点を確保していく必要がある。アプリについては、もっともっとダウンロード数を増やしていきたい。
    大きな変化と言えば、キャッシュレス化の進展もある。政府の想定より早く、キャッシュレス決済比率40%に達する可能性があると見ているので、そういったところも成長の糧にしていきたい。
    デジタルとリアルの融合、デジタルと人の融合という部分ではどの利点をどう伸ばしていくのかが大事になるが、それにはデジタルトランスフォーメーション(DX)を通じて柔軟かつ強靭な組織にしていく必要がある。DXは大きい概念なので、推進は簡単ではないが、できることから進めていきたい。「拙速は巧遅に勝る」という言葉があるように、DXはスピード感が肝になる。銀行員はどうしても、物事を始める前に立派な絵を描きがちだが、今の時代、そのスピード感ではお客さまに置いていかれる。方向さえ間違っていなければ、まず動いてみる。そして改善点が見つかったら、そのつど修正・調整していく、という速い回転が求められると思っている。