I巻 コンプライアンス・取引の相手方・預金・金融商品 編
10544  窓口入金における預金成立時期

窓口で現金を受け入れた場合の預金成立時期はいつか

結論

窓口係員が現金を受け取り、これを計算し終わった時に預金契約は成立する。


解説
◆預金契約の性質

預金契約は金銭の消費寄託契約であって、要物契約であるとされている(民法666条1項・587条)。したがって、預金契約が成立するためには、金銭あるいはそれと実質的に同等の価値を有するものが銀行に交付されなければならない。これは、民法666条1項(消費委託)が準用する消費貸借に関する規定において「当事者の一方が種類、品等及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる」(同法587条)と規定されているため、将来預金をするという銀行と取引先との合意だけでは預金契約は成立しないからである。

◆窓口一寸事件

本事案は、預金者が金融機関の窓口で現金を差し出して預金の申込みをしたところ、金融機関の窓口係員は預金者の申出を認識してうなずいて応諾の意思表示をしたものの、ペンをとって他の仕事をしていたので、現金には手を触れず、そのまま仕事を続けている間に、2人連れの者がきて1人が預金者の足を踏み預金者の注意をそらせ、他の1人がカウンター上の現金を盗取して逃げ去ったというものである。

大阪控判大12.3.5では、単に窓口内に差し出されただけでまだ行職員が金員点検等相当の手続を終了しない前にあっては、預金として消費寄託の成立しないのはもちろんであるが、いやしくも預金の申出をして窓口内に金員を差し出し、行職員がこれを認識して首肯応諾した以上は、その差し出した現金について暗黙の意思表示により一種の寄託関係が成立し、銀行に保管義務が発生するとした。

ところが、大判大12.11.20(新聞2226号4頁)は、原審判決のいう一種の寄託契約とははたして何を意味するのか漫然としてこれを確知できず、あるいは消費寄託ではない単純寄託の意味であろうが、消費寄託を申し出た預金者に単純寄託をなす意思表示があったことを認めた理由はどこにあるか、また消費寄託たると単純寄託たるとを問わず目的物件の引渡しがなければ成立しないのに、原審ではいかなる見解のもとに引渡しがあったと認めたのかわからないとして破棄差戻しした。

なお、学説では原審判決を支持するものが多く、行職員が金銭を計算し終わった時点で預金は成立するが、金銭が交付されてから計算するまでは単純寄託が成立するとする(田中誠二『新版銀行取引法』75頁、我妻榮編『銀行取引判例百選』48頁〔河本一郎〕、契約法大系刊行委員会編『契約法大系Ⅴ』38頁〔中馬義直〕、加藤一郎ほか編『銀行取引法講座(上)』119頁〔小橋〕等)。

したがって、本事案のようなケースでは、預金契約は成立しないが、預金の申出者と金融機関との間に単純寄託が成立し、その結果、金融機関が保管義務違反を問われるおそれがないとは必ずしもいえないので注意を要する。