I巻 金融機関の定義・コンプライアンス・取引の相手方・預金 編
11157預金者死亡による葬式費用支払

預金者死亡により葬式費用を便宜支払する場合、どのような注意をすればよいか

結論

葬式費用にあてるためであっても、相続人全員の同意がない限り、一部の相続人の請求による相続預金の便宜支払は金融機関にとって二重払いのリスクがあるため、請求書等で金額を確認し、できるだけ多くの相続人から念書を徴求したうえで、業者に直接振り込む形とするなど、慎重な対応を要する。


解説
◆基本的な考え方

預金者が死亡した場合に、その葬式費用に充当するため預金の一部支払を要請されることがある。この場合、相続人その他の者が立て替えて支払い、遺産分割の後でその負担方法を解決することが望ましく、原則としてその線で交渉すべきである。しかしながら、実際問題としては、まとまったお金は預金になっているのが普通であり、一方、相続には相当複雑な手続を要するため、分割協議は後の問題としてとりあえず葬式費用を支払ってもらいたいと強く要請されることもあろう。

このような葬式費用の支払については、民法の先取特権の規定に葬式費用が明記されている(民法306条3号・309条)ところから支払ってもよいとする見解もあるようであるが、間接的にはともかく、預金からの葬式費用の便宜立替支払を直接に認める根拠にはならない。

この点、預金債権のような可分債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割承継されるという従前の判例理論(最判昭29.4.8民集8巻4号819頁ほか)のもとでは、支払請求をする相続人の法定相続分の範囲内で支払うという判断もありえたところである。

しかしながら、最高裁は、相続預金について、「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」とする決定を行い(最決平28.12.19民集70巻8号2121頁)、従前の判例理論を変更するに至った。この新判例のもとでは、遺産分割完了前に一部の相続人に対して相続預金(の一部)を支払った場合、相続人全員が同意していない限り、支払金額の全額につき金融機関に二重払いのリスクが生じることとなる。

◆実務上の対応

では、実際にこのような支払請求が相続人の一部からなされた場合には、どのように対応すべきであろうか。

一つの方法としては、審判前の保全処分としての仮分割の仮処分(家事事件手続法200条2項)等の利用を促すことが考えられる(参考:上記最決の大谷剛彦裁判官らの補足意見)。しかしながら、遺産分割の審判事件が本案として係属していることが前提であるし、手続にはある程度の費用も時間も要することから、現実的な対応とはいえない場合もあろう。

このような制度を利用しないのであれば、金融機関は二重払いのリスクを認識したうえで、相続人にとっての相続預金の一部払いの必要性、緊急性等をふまえて、便宜支払に応じるかどうかの判断をせざるをえない。そして、あえて支払に応じるのであれば、支払請求をしてきた者が相続人であることの確認を十分に行うことは当然として、葬式費用の請求書等の提出を受けて金額を確認し、できるだけ多くの相続人から損害担保文言付きの念書を徴求し、直接業者へ振り込む形での支払とするなど、慎重な対応をとる必要があろう。