III巻 貸出・管理・保証 編
30663限定承認した相続人への対応

限定承認した相続人から、金融機関が把握している被相続人の資産を大きく下回る弁済申出がなされた場合、どのように対応すればよいか

結論

限定承認した相続人から、たとえば、対象相続財産が非上場企業の株式であるケースで、時価額を大幅に下回ると考えられる額面金額相当での弁済申出がなされる場合であるとか、被相続人が保有中に値上りした不動産が対象となるケースで、時価額を大幅に下回る取得原価相当での弁済申出がなされる場合などが考えられる。

こういった場合、金融機関において、申出内容を精査・検討し、相手方の申出に対する合理的見解を付したうえで、話合いによる交渉を進めていくことが基本であるが、それによりがたい場合や、相手方が不誠実で話合いによる解決が見込めないときには、「相続財産に対する強制執行」「債権者破産申立」を検討することになる。


解説
◆限定承認の利用状況

限定承認とは「被相続人の残した債務および遺贈を、相続財産の限度で支払うことを条件として、相続を承認する相続人の意思表示による相続形態である」(谷口知平=久貴忠彦編集『新版注釈民法(27)』501頁〔小室直人〕)とされ、相続にあたって相続人が選択できる相続手続の一つである(民法915条)。そして、その内容や手続については、民法922〜937条に規定が置かれており、「限定承認」という用語は広く知られるところであるが、その利用は多いとはいえない状況にある(平成27年度司法統計によると、相続放棄の新受件数18万9381件に対して、限定承認のそれは759件にすぎない)。

そういった背景に加え、相続人のなかから選任される相続財産管理人が、必ずしも法律を十分理解しているといえない場合が多いと考えられること、および、相続人たる相続財産管理人に家庭裁判所の監督が及ばないとすること(野田愛子「限定承認清算手続を促進する手段について」ジュリスト312号115頁)などから、その手続の進行過程において、相続債権者との間に種々の問題が発生していると考えられる。

◆限定承認手続における相続財産の換価方法

限定承認手続における原則的な相続財産の換価方法は競売手続とされているが(民法932条本文)、そもそも競売に付す目的が、相続財産を高価に、しかも公正な方法によって売却し、それによって債権者らにできる限り満足を与えようとする趣旨に基づくものと思われることや(前掲『新版注釈民法(27)』549頁〔岡垣学〕)、任意売却によって財産換価を行ったとしても、それは手続違背にすぎず、すでに行われた限定承認それ自体の効力にはなんらの消長をも及ぼすことはないとする裁判例もある(東京高判昭15.4.30法律学説判例評論全集29巻民法545頁)ことから、実際には任意売却による例も存在しているようである。

また、民法932条ただし書が、限定承認者に対して、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部または一部の価額を弁済して競売を止めることができるとしていることもあって、結論で述べたような申出が、限定承認者からなされる場合も見受けられるところである。

◆相続財産に対する強制執行

相続債権者が、相続債権につき確定判決その他の債務名義を有するときは、相続財産に対して強制執行手続を開始することができる。ただし、この場合には民法928条が同法927条1項所定の請求公告期間中の弁済拒絶権を認めていることから、この期間が満了するまでは、執行手続が停止される。

この期間が満了すれば、請求異議訴訟等の提起に伴う執行手続の停止がない限り、強制執行手続が限定承認手続と併行して進行することとなるが、その、優劣については、諸説あるものの、強制執行手続が優先する説が有力とされている(志田博文「限定承認清算手続に関する諸問題」家庭裁判月報45巻5号19頁)。

◆相続財産に対する債権者破産の申立

限定承認手続が開始された場合であっても、相続債権者および受遺者に対する弁済が完了するまでの間であれば、債権者として破産手続開始決定の申立をすることができる(破産法225条)。

本問のような場合、限定承認者が、どうしても保有しておきたい資産を低額に評価したうえで、その限りで弁済して相続債務を免れようとする意図がみえること、あるいは、そもそも債権者である金融機関に全額の弁済ができないという事実関係があることが多いことから、債務超過の証明は、比較的容易ではないかと考えられる。

考慮すべきは、破産手続による回収見込額および、債権者破産申立によって、債権者である金融機関に発生する可能性のあるレピュテーショナル・リスクであり、回収見込み額が少ない場合や、破産申立に非難を浴びない理由がない場合などにおいては、債権者破産の申立は回避すべきであろう。

◆実務上の留意事項

本問では、金融機関がとりうる強硬手段について解説しているが、そこに至るまでにおいて、まずは相手方である限定承認者の事情等(なぜ、前記のような申出に至ったのか等)を十分聴取したうえで、双方が納得できるような、柔軟な対応の検討を十分に行う必要があることはいうまでもない。

一方で、限定承認に伴う債務免除については十分に合理性を担保する必要があることから、双方が納得できる金額で弁済を受けることにする場合(任意売却による売却金額の設定についても)においては、客観性についても十分担保できるよう、家庭裁判所が選任する鑑定人あるいは他の専門家の評価も確認したうえで慎重に金額設定をするべきである。