10年間の長期的な目線で、事業基盤や企業文化の大きな変革を成し遂げる 日本M&Aセンター◆特別企画◆
10年間の長期的な目線で、事業基盤や企業文化の大きな変革を成し遂げる
〔週刊 金融財政事情 2021夏季特大号掲載〕
※本鼎談は2021年6月7日に実施したものです。
〔週刊 金融財政事情 2021夏季特大号掲載〕
※本鼎談は2021年6月7日に実施したものです。
「チャレンジしよう。チャレンジに失敗は1つもない」
七十七銀行 頭取 小林 英文(こばやし ひでふみ)氏
1957年生まれ。81年七十七銀行入行。08年総合企画部長、10年取締役総合企画部長、13年取締役本店営業部長、14年常務取締役本店営業部長、15年常務取締役、17年取締役副頭取。18年より現職。
M&Aは結婚と同じ。成約ではなく「成功」を目指せ
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年から現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。
[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループCEO。
七十七銀行 頭取 小林 英文(こばやし ひでふみ)氏
1957年生まれ。81年七十七銀行入行。08年総合企画部長、10年取締役総合企画部長、13年取締役本店営業部長、14年常務取締役本店営業部長、15年常務取締役、17年取締役副頭取。18年より現職。
M&Aは結婚と同じ。成約ではなく「成功」を目指せ
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年から現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。
[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループCEO。
変化に対応するべく10年の経営計画を策定
- 加藤 東日本大震災から10年、地元地銀の頭取としてさまざまな感慨がおありだと思うが、コロナ禍に見舞われた宮城県経済、東北経済への展望は。
- 小林 震災で大きな被害を受けたが、政府や全国からの支援、地元住民の不断の努力もあり、ようやくかたちの上では震災前に戻ってきた。しかし、完全に立ち直ったわけではない。例えば、沿岸部では漁獲量が減ったり、魚種が変わったりしたことで苦戦している水産加工所もあると聞く。 こうした中でコロナ禍という未曽有の事態が襲ってきた。東北地方も他県同様、人々の移動が制限されたことで、とりわけ飲食や宿泊などの対面型サービス業界では深刻な影響を受けている。当行は復興と合わせて、コロナ禍で業績が落ち込んでいる企業もしっかりと支えていかなければならない。 また、コロナ禍では行政や企業のデジタル化の遅れが浮き彫りとなった。デジタル化に関しては企業の大小を問わず、テレワークの導入などさまざまなニーズが生まれている。地域の生産性向上の観点からも、行政とも一緒になって地域のデジタル化を推し進めていきたい。
- 加藤 中期経営計画が3月に終了し、「Vision 2030」と題する新たな10年計画を策定した。「なりたい姿」の実現に向けたキーファクターは何か。
- 小林 コロナ禍もあって世の中が加速度的に変化する中、3年というスパンだと、どうしても「できそうな目標や施策」に走りがちで、変化に取り残されてしまうという危機感があった。そのため、3年間の中計は廃止し、10年間の経営計画に切り替えた。 「Vision 2030」では、新事業・新分野の開拓を大きく打ち出した。いま、新規ビジネスのアイディアコンテストを行って行員から事業のアイディアを募っている。この中からいくつかは、採算等を考えた上で新事業として開始する予定だ。目標は3年間で10個。3年以内に10個スタートすれば、10年以内にそれなりの果実は生まれてくると考えている。 行員全員が自分で事業をやるような感覚を持ちながらビジネスに取り組むと、お客様の目線にも立てると思うので、行員全員に考えさせている。当行のような比較的規模が大きい銀行では、「とりあえず支店長に従っていればいい」と受け身になってしまう行員も多い。慎重なことはいい面でもあるが、いまの時代にそれではいけない。私は「チャレンジしよう。チャレンジに失敗は1つもない」という話をよく行員にしている。10年の経営計画を通じて、当行の企業文化にメスを入れていくつもりだ。 目標達成に向けては、毎年打ち出す短期経営計画を通じて微調整を行っていく。大きな変革ほど3年では終わらないものだ。10年といった長い目線で着実に目指すべき姿に近づいていきたい。
- 三宅 当社も今年で30周年を迎えたので、20年から30年までの10年間の長期ビジョンをつくった。3年間の中計では、株主が希望する成長率や利益をどう達成するかといったことばかりに重点が置かれてしまう。ところが、10年となると、「(会社として)こうあるべき」という姿が描け、そこに向けてのアクションプランを打ち出していける。 実際、3年だと宮城県の企業数や就業人口がそれほど減るわけではない。しかし、10年先になると、宮城県では企業数が約20%、就業人口が10数%減るといった統計も出ている。3年ではなく10年という目線を持つことで、「10年後に宮城県はこうなる、であれば逆算していまのうちから何をするべきか」という発想を持つことができる。その意味では、七十七銀行さんの「Vision 2030」は素晴らしい取り組みだと思っている。
- 小林 仙台は27年が人口のピークと言われているので、それまでは緩やかに増えていく。仙台では首都圏に出ていく若者も多いが、それ以上に周りの東北の県から人が流入してくる。しかし、宮城県全体では10年間で6~7%減少する見込みとなっている。 そうだとすると、まだ企業が多いうちに、当行がメインバンクとして選ばれる銀行になって、取引できる先を増やしていく必要がある。同時に、宮城県以外のお客様と新たなネットワークをつくっていくことも重要になる。県外の企業ともかかわりを持つことができれば、将来的には宮城県に対する企業誘致につながるケースも出てくる可能性がある。 何も当行が県外まで行って、他行からメインバンクを取るというわけではない。当行と県外の企業がお互いにウィンウィンになって、ちょっとした取引や情報交換などができる関係性を築き上げていきたい。当行はM&Aにも力を入れているが、お客様同士でいろいろなニーズをマッチングさせることも今以上に可能になってくるのではないだろうか。
銀行は企業にとって最高のビジネスパートナー
- 加藤 地方銀行ではこれからコンサルティング業務が大きな収益源の柱となってくる。専門性を活かした事業承継やM&Aの重要性は増すばかりだ。
- 三宅 M&Aをいまだにフロービジネスだと思っている銀行も多いが、実はストックビジネスの側面の方が強い。情報を大量にデータベースとして持っていると、買いニーズと売りニーズをもとにして多くのマッチングにつなげることができるためだ。 七十七銀行さんは東北6県にネットワークを張り巡らしており、東京や大阪、名古屋にも拠点を構えている。M&Aやビジネスマッチングなどさまざまな分野でお客様同士をつなげて企業の生産性を上げていくことは、地域経済にとってプラスになるだけでなく、銀行の役務収益を向上していく上でも武器になると思っている。
- 加藤 2020年6月の第8回M&Aバンクオブザイヤーにおいて、「地域貢献大賞」を受賞された。地方創生・地域活性化を推進する上で、事業承継やM&Aの位置付けと人材の育成についてどのように考えているか。
- 小林 M&Aには高い専門性が求められるし、1件の案件をこなすにも長い時間がかかる。お客様と経営に関するセンシティブな話をするのもそうだし、企業調査や顧客折衝などの実務をこなす難易度も高い。銀行は企業と継続して取引を行い、支援し続けていく立場にある。そういった意味では、「手数料をもらって終わり」とはいかないため、多くのノウハウを備えた人材の育成が大事になってくる。当行ではこれまで日本M&Aセンターさんに9人が出向し、内6人はいま専担部署で活躍している。日本M&Aセンターさんの支援もあって、だいぶ自分たちでも業務をこなせるようになってきた。
- 三宅 地銀として単独で案件をこなせるだけの実力をつけていくことは重要だ。一方で、M&Aは人間の結婚と同じで、最高のマッチング相手を見つけてあげることがとても大事。企業にとって最高のパートナーを見つけるべく、お互いのデータベースを活用するなど協業できるところがあれば連携していきたい。 いまいちばんテーマになっているのがPMI(Post Merger Integration)だ。つまり、買収した後にうまくいくようにコンサルするということ。結婚もそれ自体がゴールではなく、長い人生を二人で歩んでいくことが重要だ。同様に、M&Aでも成約だけではなく「成功」させなければいけない。「七十七銀行さんのおかげでハッピーなM&Aができた」と言っていただけるようになれば最高ではないだろうか。
- 小林 銀行とコンサルは非常に相性が良いと思っている。銀行はたくさんの企業と取引があり、昔からの信頼もあるため、気軽に相談してもらいやすい。相談の過程で、M&Aだけではなくさまざまな課題が見えてくるため、必要であれば専門業者につなげることができるほか、資金面での困りごとに対しては我々がサポートしていける。 ただし、融資には回収がつきもの。必然的に継続支援・伴走支援が伴うため、銀行では基本的に、コンサルをやりっぱなしにしたり、手数料をもらって終わりにしたりはしない。そういう意味で、銀行のコンサル営業には非常に可能性を感じている。一方で専門性に欠ける面は否めないため、いま本部を中心にノウハウを仕込んでいるところだ。
- 三宅 コンサルを行うに当たっては、定量情報と定性情報の2つが必要だ。銀行の場合は融資をしている関係上、企業の財務データなど定量的なデータを持っている。かつ、長く取引を行う中で、取引先の社長の優れたところや趣味、もっと言えば息子の学校の成績なども把握するくらいには定性情報をご存じかと思う。 例えば、「社長はリーダーシップには長けているけれども戦略的な思考が弱い」とか、「二代目候補は戦略的な思考はできるけれども人を引っ張っていく力が弱い」というところまでわかっている。それでもって、お金を貸すことができるため、企業にとって銀行は「最高のビジネスパートナー」といえる。
「スター企業」誕生に向けて東京プロマーケットに参入
- 加藤 いま、コロナ禍でさまざまな分野に大きな影響が出ているが、事業承継に関してはどのような変化が生じているか。
- 三宅 1つは事業承継の前倒しだ。コロナ禍前は、事業承継は先送りだった。「支店長の言うことはわかるが、俺はあと3年やりたい」という経営者が多く、事業承継やM&Aを保留にするケースが多かった。それがコロナ禍になって「心が折れた」という高齢の経営者が増え、むしろ事業承継を前倒しし始めた。実際、当社への相談件数も軒並み増えている。 もう1つは、廃業の増加だ。コロナ緊急融資から1年がたつが、黒字化のメドがついていない企業も多い。こうした企業からすれば、金融機関から追加融資を受けた場合、傷を余計深くしてしまう可能性もある。そのため、「いまのうちに廃業かM&Aを考えたほうがいいのではないか」と考える企業も増えてきた。 昨年の倒産件数は政府の支援もあり30年ぶりに8000件を下回る低水準だったが、廃業件数は約5万件と、2000年以降で最多だった。事業承継の前倒しをする企業と、「融資を受けて延命するか、M&Aや廃業を考えるか」という岐路に立たされている企業が増えている。銀行の支店長はこれらの企業の相談に親身に応じていく必要があるだろう。
- 小林 よく「中小企業の3分の1は後継者がいない」と言われるが、当行のM&Aは件数だけ見れば非常に少ない。それだけ、企業の間にM&Aという観点が浸透していないともいえるだろう。M&Aがもっと一般的な手段として広まれば、もう少し件数は増えてくるはずだ。コロナ禍では廃業の件数は本当に多いが、実はその半分以上が黒字だったりする。黒字の廃業では経営資源などが引き継がれないため、非常にもったいないと感じている。
- 三宅 黒字の企業の中には、素晴らしい技術を持っているとか、すごく美味しいものをつくっているとか、あるいは地方の文化を守っているような企業も多い。中小企業庁の調査では、全国で今後10年間に127万社が廃業し、そのうちの60万社が黒字だという。こうした企業がなくなっていくことで地元の味や文化が消えてしまうため、少なくとも黒字廃業だけはなくしていきたい。 私はこの10年間地方創生を手掛けてきた。最初は「中小企業を廃業から守ればいい」という考えでやってきたが、中小企業だけを残すのではなく、零細・中堅・大企業といったすべてのレイヤーに属する企業を守る必要性を感じるようになった。田舎に行くと零細企業である食料品店がライフラインになっていたりする。こうした零細企業を救うのに県と提携して、インターネットマッチングを活用したこともある。また、中堅企業が成長戦略を掲げられなければ、結局のところ県は活性化しない。 もう1つ大きなテーマは、やはり県内で「スター企業」をつくらなければ優秀な若者は帰ってこないということだ。上場企業の数とUターン率は比例しており、例えば全国で最下位は上場企業が1つもない長崎県(5・8%)だ。 当社は20代の優秀な大卒が、「この企業と共に地方を盛り上げていきたい」と思えるような会社を毎年県内で1社上場させたいと考え、昨年東京プロマーケット(TPM)に参入している。TPMは、プロ向けの株式市場でプロ投資家しか参加できないことから、上場基準が緩やかになっている。いまは毎月4件のアドバイザリー契約を取ることが目標だ。
- 小林 やはり、地域に中堅・大企業がないとどうしても経済のさらなる発展は望めない。当行では、TPMで上場審査などを行っている日本M&Aセンターさんを含む「Jアドバイザー」3社と昨年の12月に業務提携を結んだ。TPMの上場も含め時間はかかるものの、支援先数を増やし上場企業の増加につなげていきたい。
無限の可能性を秘める銀行のデータ活用
- 加藤 多くの金融機関においてDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進がデータビジネスを制するキーワードとなっている。DXの推進を顧客対応と銀行自体、それぞれどういった戦略で行っていくか。
- 小林 デジタル戦略は「Vision 2030」にも一部盛り込んでいるが、大きく変えていかなければいけないところだ。顧客対応では銀行アプリやダイレクトバンキングなど非対面チャネルの推進を行っていく。店舗はいま事務が中心だが、デジタル化を通じて事務を減らしてコンサル営業中心の場に変えていきたいと思っている。 銀行としても、DXの行内研修を開催するなど行員のITリテラシー強化に努めているところだ。新しい分野ではチャレンジャーバンク、ネオバンク、地域ECのようなものがあるが、これらについても今後検討していく。ただし、世の中の変化や顧客の反応は注視していきたい。銀行側からの一方的なDXではなく、様子を見ながら進めようと思っている。あとはデータ活用だ。銀行の中にはたくさんのデータがあるが、使い切れていない。さまざまな分析をして、顧客支援など幅広い用途でデータを有効活用していきたい。
- 三宅 銀行は県内企業で数万社の財務データを自己査定のために保有している。株価算定も銀行が行っているが、相続税評価額で計算していることが多い。15~20年前は息子が会社を継ぐのが当たり前の時代で、相続税評価額がいちばん大事だった。息子が継いだ場合は「お父さんが亡くなったらいくら税金がかかるか」を気にしていたためだ。 ところが、いまは息子が会社を継がない割合が3分の2程度となっている。そうなってくると株式は従業員に譲るか、M&Aを通じて他社に譲渡する必要が生じてくる。M&Aでは株式を時価で算出する必要があるが、時価で計算してあげている銀行は見たことがない。 しかし、銀行のデータを当社のデータとドッキングすれば、「相続税評価額はこうだけれども、M&Aをする際の時価はこうなる」と両建てで計算を行えるようになる。両方出してあげて初めて、親族に継がせる場合、親族が継がない場合の両方の手当てができる。銀行のデータ活用はM&A1つとっても、可能性に満ち溢れている。