「融資もできるコンサル機関」として、課題解決という独自の価値を提供する 日本M&Aセンター◆特別企画◆

〔週刊 金融財政事情 2021秋季合併号掲載〕
※本鼎談は2021年7月27日に実施したものです。

スキル向上だけでなく、地域貢献に心を傾けるよう人材に「魂」を込めていく
栃木銀行 頭取 黒本 淳之介 (くろもと じゅんのすけ)氏
1958年生まれ。81年栃木銀行入行。03年小山支店支店長、09年人事部部長、11年取締役、14年常務取締役、15年専務取締役。16年から現職。

コロナ禍で事業承継の悩みは加速した。銀行の課題解決力がより重要となる
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締
役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年から現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループCEO。

「山火事の消火活動」から1本1本の木を診る段階に
  • 加藤 コロナ禍の収束が見えない中、栃木県内の取引先企業の状況はどうか。資金繰り支援以外に、企業支援・地域支援の観点から、どのような方策をとっているか。
  • 黒本 昨春から秋口くらいまでは、まず資金繰り支援ということで、コロナ禍によって蒸発した事業者の売り上げをどう補うかに注力した。企業を木に例えれば、「1本1本の木を見て」というより、山火事が起きた山全体に対して消火活動を行うような活動だった。昨年は5月の大型連休も返上し、職員総出で資金繰り支援に当たり、昨年度末までに約8000件、1200億円の資金供給を行った。そうした支援が奏功し、コロナ禍が直接の引き金となる倒産や廃業は比較的少なかった。
      足元では、資金繰り支援のニーズは落ち着いてきている。今後は返済に向けたキャッシュフローの改善や、企業の生産性向上に向けたお手伝いに軸足を移していく。
  • 加藤 新規取引先からの融資申し込みも増えたようだが。
  • 黒本 確かに新規先からの融資の申し込みは増えた。ただ当行が注力しているのは、新規の融資を増やすことではない。おカネだけでは解決できないことがたくさんある。非融資先法人であっても、そこに存在する課題にいかに関与していくかが重要だ。
     そうした課題解決に向けて、従来のとちぎんキャピタルというファンド会社にコンサルティング機能を付加するかたちで、昨年10月に「とちぎんキャピタル&コンサルティング」を立ち上げた。雇用調整助成金や事業再構築補助金の申請のお手伝いのほか、事業承継やそれに伴う自社株評価サービスなどを行っている。
  • 加藤 進行中の第十次中期経営計画では、「『課題解決に強い銀行』への進化」として、コンサルティングを柱とした共創型支援の追求とお客さまの多様性に対応できる営業体制の確立を掲げている。中計達成に向け、何を重視しているか。また、現状での手応えは。
  • 黒本 人材育成と並んでマインドの育成が大きなテーマだ。人材は研修や外部へのトレーニー制度によって育成を図ることができるが、そうした人材にどのように「魂」を入れていくのか、すなわち当行の職員が地域に貢献できるかが重要だ。中計で掲げた「課題解決に強い銀行」を通じて、経営理念である「豊かな地域社会づくりに貢献し、信頼される銀行を目指します」の実践につながっているか、目的意識を持って取り組まねばならない。
  • 三宅 「課題解決に強い銀行」というスローガンは非常にタイムリーだ。私もコロナ禍で多くの経営者とお会いしているが、昨年4月に初めての緊急事態宣言が発出されてからしばらく、ほぼ売り上げゼロで家賃と人件費だけが積み上がるような状況が続き、まさに山の消火活動が求められていた。栃木銀行を始めとする各金融機関の資金繰り支援は絶大な救済効果をもたらした。
     一方で、事業は再開したものの、製造業、飲食業やそこに関連する卸売業、観光、アパレルといった業種は、黒字転換できないまま資金繰りが再び悪化し始めている。追加融資を受けても傷を深くするだけで、廃業やM&Aを検討する深い悩みを抱く経営者が増えた。こういう状況を的確に捉えて、経営者の真の相談相手として課題解決を中心に据えた栃木銀行の取り組みは時宜を得た戦略だ。
  • 黒本 今年5月に、昨年度下期の半年間、お客さまの課題解決に取り組んだ内容や件数を公表した。課題の総件数(すでに顕在化していた課題と仮説を立て浮き彫りにした課題の合計)が1325件あり、うち744件、56・2%が事業承継・M&Aに対する課題だった。これは三宅社長がおっしゃった肌感覚を裏付ける結果だと思う。
     もともとコロナ禍前から課題はあり、そこにコロナ禍という課題が重なった。支店長会議などで話しているのは、「コロナ禍対応は新たな課題ではない」ということ。解決に向けたスピードが上がっているだけで、やるべきことは変わらない。先ほど当座の資金繰り支援を山火事に例えたが、これからは「1本1本の木を診ていく」作業になる。企業ごとに事業再生の手法は異なる。
事業支援セクションを単独部署に昇格
  • 三宅 山火事を鎮めた後の木々を診断したときに、焼けた枝を切り落とす必要がある場合もあれば、倒木を防ぐために支柱を設置すべきケースもあり、土壌改良を行うべきケースもあるだろう。個々の企業の事情を深く知ろうとすることは、真の課題解決にとって不可欠な姿勢であり、まさに樹木医のような役割が栃木銀行に求められている。
  • 黒本 そうした取り組みを続けていくと、A社へのソリューションがB社に応用できるなど、成功体験が次の課題解決につながっていく好循環が生まれる。
     当行では、コロナ禍前からCRMシステムを導入しており、取引先の担当者の交渉履歴やヒアリング内容が登録されている。その情報は、当該取引先を抱える支店長だけでなく、僚店の行員や本部も閲覧できる。こうしたシステムにより支店をまたいだ情報交換ができることも、課題解決に向けた武器となっている。
  • 加藤 本年4月1日付けで、法人営業部にあった「企業支援室」を「事業支援部」に格上げさせて、伴走型事業支援の強化を図った
  • 黒本 本業支援の在り方を突き詰めると、事業支援セクションを法人営業部の一室に置くのではなく、結果にコミットできる単独の部署とすべきだと考えた。コロナ禍を受けて、事業支援は銀行として本腰を入れて取り組まなければいけない業務だとあらためて認識し、中計で掲げた本業支援に向けたサポートの一環として、このような改組を行った。改組に当たり、人員も増やし、部長には執行役員を据えている。
  • 三宅 当社も同じ趣旨で「再生支援室」を作り、銀行の再生案件のサポートを行っている。地方の文化を担っていたり、地元の名物を作っていたり、どうしても残したい企業がコロナ禍で大打撃を受けている中で、「再生させてほしい」という声が当社に寄せられている。
  • 加藤 第8回M&Aバンクオブザイヤーの地域貢献大賞を受賞された。地域と共にお客さまと成長するというスローガンを掲げる中で、事業承継・M&Aをどう位置付けているか。
  • 黒本 お客さま自ら相談を持ちかけづらいけれども、今から着手すべき課題と捉えている。お客さまの後継者難による事業譲渡の側面もあるが、事業拡大のためのM&Aのニーズもある。
     先ほど、昨年度下半期に取り組んだ企業課題として、56・2%が事業承継・M&Aに対する課題と述べたが、そのほか24・4%が事業の成長に向けた課題だった。そうした両面が浮き彫りになったのも、コロナ禍を受けた個社別のモニタリングによるものだ。
  • 三宅 基本的に事業承継は、親族に継がせるか、番頭に継がせるか、M&Aを行うかの3パターンしかない。いずれの方法も数年かかり、先を見据えた準備が重要だが、経営者はそれをなかなか自覚できない。
     会社を息子に継がせることが決まっていても、そのままでは事業が立ち行かないリスクもある。とりわけ人口減少が進む地方都市を拠点に、父親(現経営者)が一代で事業を立ち上げた場合がそうだ。一代で築いたということは、おおむね30年前のビジネスモデルだ。それをそのまま息子に継がせても、そのビジネスモデルが時代に合わなくなるリスクがある。一定の潜在需要があったとしても、人口減少が進む地方都市では十分な売り上げが得られない。
     そうならないためには、例えば東京や埼玉の会社を買収して、そこで受注をして、栃木で生産するといったような新しいビジネスモデルが必要だ。事業承継に早期に備え、父親と息子が二人三脚で第二創業を目指す中で、経営者としての実力、カリスマ性、新しいビジネスモデルの三つを身に付けさせることが大事だ。
     そのためにも、事業の永続に向けた課題の洗い出しとその解決方法を栃木銀行と一緒に考えていく、ということが大事になってくると思う。
     栃木銀行が2年連続でM&Aバンクオブザイヤーを獲得されたのは、課題解決型の銀行としてのマインドが支店にまで浸透しているからこそだ。さらに課題解決の向上に資するべく、人材を当社に派遣いただいている。こうした取り組みが栃木銀行のお客さま支援の高度化に着実につながっていると思う。当社も栃木銀行との連携を通じて、地元の輝く企業を応援していきたい。
事業承継専担者を重点拠点ごとに配置
  • 加藤 事業承継・M&Aに携わる人材の育成についてはどのような施策を打っているか。
  • 黒本 事業承継・M&Aは、私が新入行員だった頃には研修にも通信教育にもなかったカテゴリーだ。正直言って今の支店長級の人間でこの分野を指導できる人間はいない。
     そのため、当行は14年から6名の行員をM&Aセンターに出向させてきた。6名のうち4名は、栃木県内の本部に所属している。県内の店舗をブロック分けして、各ブロックの事業承継・M&Aの専担となっている。残る2名のうち1名は、埼玉県の越谷支店に常駐し、同支店の近隣9カ店の事業承継・M&A案件やそれに関わる職員の指導を行っている。もう1名は埼玉の大袋支店に籍を置きながら、近隣の7カ店のお客さまの事業承継やM&Aの相談に乗っている。
     彼らにはこの分野のロールモデルとして他の職員の規範となってもらい、拠点ごとに人材育成を図っていく。専担者一人が実績を上げていくのではなく、教育を兼ねて、支店の担当者に随行して知見やノウハウを共有していく体制をとっている。現状、コロナ禍で集合研修は難しいため、このようなかたちで強化を図りたい。
  • 三宅 M&Aは地方創生や活性化といった銀行の持つ使命を果たす意味でも役立つ分野であると同時に、銀行の収益面でも新規開拓をしていくツールになる。M&Aが実現すれば銀行の手数料収入になるほか、会社を譲渡した人には大きな譲渡益が入るので、資産運用の提案につなげることもできる。
     そういう意味でも、当社に出向いただいた6名を核として、事業承継・M&A人材を強化されているのは素晴らしい取り組みだと思う。
銀行の持つ豊富な情報をDXで一元化
  • 加藤 金融におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が一つのキーワードとなっている。
  • 黒本 当行のDXは発展途上であり、まだまだ課題は多い。まずできることからということで、先ほど申し上げたCRMシステムの活用を行っている。また、営業現場ではipadを活用している。訪問記録のデジタル化のほか、ファイナンシャルプランの提案から金融商品の約定までipadで行っており、これによって営業担当は事務処理の時間を年間2万1000時間以上削減できた。コロナ禍でデジタル化は加速しており、当行もどんどん新しいデジタルの手法を取り入れていかねばならない。
  • 三宅 地銀は、取引先の財務情報から、地元経営者のプロフィールまで、定量・定性いずれにおいても非常に高度な情報を持っている。地元取引先の経営者が70歳になり、後継者を考えねばならない時期になっていることを把握している。そして、その息子が高学歴で都内の一流企業に勤めていることも知っている。事業承継の課題があることは分かり切っていて、しかも解決につながる情報も行内にある。そうした情報をデジタルによって一元化し、提案につなげれば、課題解決と銀行の収益の双方に結び付く。
  • 黒本 お客さまに関する深い情報を持っているのは地銀の強みだが、それがしっかり受け継がれているかが課題だ。引き継ぎ書では細かいニュアンスまで残せない。日々の営業活動をデジタル端末に落とし込んでいくことで、例えば自分が担当していなかった10年前の事柄まで把握して、「社長そういえば昔こんなことをおっしゃっていましたよね。あの件、今はどうですか」と提案もできる。
必要なのは「融資もできる コンサルティング機関」
  • 加藤 政府が打ち出した「50年温室効果ガス排出実質ゼロ」を受けて、サステナブルファイナンスについても金融界に対する期待は大きい。
  • 黒本 サステナブルファイナンスを含むESGの取り組みについて、地域金融機関として何ができるのか、検討を重ねている。実は今年7月から、環境省に職員を1名出向させている。当行として政府機関に職員を派遣するのは初めてのことだ。
     きっかけは当行のESGプロジェクトだ。19年度に宇都宮市大谷地区の大谷石採掘跡にある未利用の地下貯留水を活用した省エネルギーハウス農業を計画し、ESG金融の在り方や事業性評価プロセス構築などに着手した。そうしたところ、本プロジェクトが環境省の地域ESG金融促進事業に採択され、同省との関わりが強まった中で、当行職員の同省への派遣が実現した。
     当行がESGについて何ができるのか、次にその取り組みをどう収益につなげるかということが課題だが、まずはやってみるという精神で検討を進めていく。
  • 加藤 銀行のビジネスモデルの変革の必要性がいわれ、金融庁も業務範囲に関する規制緩和を進めている。これからの銀行のビジネスモデルをどう考えるか。
  • 黒本 マイナス金利政策や市場のカネ余りという状況下で、預金を集めて融資を行うという従来型の銀行のビジネスモデルは、銀行業務の中核ではなくなってきている。「融資もできるコンサルティング機関」というのがこれからの銀行像だ。そこで収益源となるのは貸出金利息に加えて役務収益、つまり手数料収入だ。融資は資金を提供するのに対し、役務収益は課題解決という価値を提供する。例えばM&Aによって、売り手も買い手もプラスになるような取り組みの仲介を行った金融機関にも適正な対価をいただく、「三方よし」で成り立つビジネスが重要になってくる。
     これまで事業承継の相談というと、「後継者の息子もまだ若いので、指導役となるような銀行O
    Bや支店長経験者を派遣してくれないか」といった要請が多かった。それも一つの課題解決だが、人材紹介業の銀行本体参入など規制緩和が進み、より多様なソリューションが提供できる時代になってきた。M&A以外にも、ビジネスマッチングや資産形成支援といったコンサルティング機能の提供に徐々に軸足を移していく。
     当行はカード会社とリース会社を保有しているが、今年3月末に100%子会社化した。これにより連結収益力の向上を図りつつ、銀行と一体になってお客さまの多様なニーズにより積極的に応えていけるようにしたい。