持株会社化で、非金融分野を含む「総合サービスグループ」へ 日本M&Aセンター◆特別企画◆

〔週刊 金融財政事情 2021 11.09号掲載〕
※本鼎談は2021年9月6日に実施したものです。

コロナ下、事業承継・M&Aで雇用を守ることが最重要課題に
沖縄銀行 頭取 山城 正保 (やましろ まさやす)氏
1959年生まれ。82年沖縄銀行入行。2002年商業団地支店長、10年審査部長、11年執行役員審査部長、12年執行役員営業統括部長、13年取締役委嘱総合企画本部長、14年常務取締役、18年より現職。

地銀はヒト・カネ・情報に加え、モノも動かす地方経済の中枢
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締
役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年から現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい 社長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループCEO。

コロナ禍が大黒柱の観光関連産業を直撃
  • 加藤 コロナ禍の収束が見えないなか、沖縄県内の取引先企業の現況や企業支援・資金繰り支援の状況はどうか。
  • 山城 日本で最もコロナ禍の影響を受けたのが沖縄県ではないかと思っている。沖縄県の主要産業に観光関連産業があり、コロナ禍前の2019年は年間約1000万人の観光客を受け入れるなど、非常に活況を呈していた。コロナ禍によりそれがほとんど失われたまま1年半経つ。
     コロナが蔓延し始めた20年2月、当行は取引先約8000社に状況を確認した。やはり観光関連産業を中心に、「非常に厳しい」という声が聞こえてきた。そこで、同年の2月から5月までの4カ月間に約5000件、約2500億円に上る既存融資の条件変更に対応した。条件変更を希望する業種は、飲食業、小売業、旅館・ホテル業などの観光関連産業のほか、アパートや住宅などの不動産賃貸業が多かったが、印象としてはほぼ全業種が影響を受けたくらいの感覚がある。
     もちろん、信用保証協会のセーフティーネット保証の付いた無担保・無保証融資、いわゆるゼロゼロ融資は多くの取引先にご利用いただいた。国や県、マスコミにアピールしていただいたおかげで、これまで取引のなかったお客さまが相談に来られる機会になった。民間金融機関によるゼロゼロ融資は今年3月で期限を迎え、3月には非常に多くの駆け込み需要があった。期限を過ぎてからは当行もプロパー融資で支援するほか、沖縄県の政策金融機関である沖縄振興開発金融公庫に取引先の資金繰りを頑張って支えていただいている。ただ、沖縄県も他の地域同様、なかなかコロナ禍の収束が見えず、業種によって資金繰りはまだまだ予断を許さないのが現状だ。
「M&Aシニアエキスパート」が 部課店長の必須資格に
  • 加藤 今年4月に新たな中期経営計画「NEXTINNOVATION」を策定した。課題認識と対応する戦略の方向性として、「M&A、事業承継ビジネスの展開」を掲げているが、事業承継・M&Aの位置づけをどのように考えているか
  • 山城 沖縄県では、県の経済を支えてきた中小企業の事業承継が大きな課題となっている。沖縄県の中小企業の後継者不在率は20年に81・2%と、全国ワースト1位になった。急いで事業承継・M&Aを進めなければという思いで、行員の資格取得などを進めている。
  • 三宅 沖縄銀行は事業承継への想いが深く、当社と金融財政事情研究会が共同企画・運営している「M&Aシニアエキスパート」の資格取得者数が193名と、全国1位となっている。
  • 山城 従前から事業承継は沖縄県の大きな課題と認識していたが、そのためにはまず行員の知識レベルを引き上げることがどうしても必要だった。営業推進を担当する常務取締役となった14年に、営業店の部課店長すべてがM&Aシニアエキスパートの資格を取るように旗振りをした。
  • 三宅 銀行が資金の仲介役から情報の仲介役やソリューションを担うことが重視される時代となり、現場の知識レベルが一段と問われるようになっている。M&Aシニアエキスパートは本来、本部の方向けの資格だ。営業店の部課店長がほとんどその資格を持っていることにより、お客さまは身近な支店で相談でき、とても心強いのではないか。
  • 山城 本部はあくまでデータが集中する場であって、最初にお客さまのニーズを捉え、生のデータを取得するのは営業店だ。営業店の支店長や役席クラスの人たちが知識を持ってお客さまに接しなければ、入ってくる情報は限られるし、お客さまのかゆい所に手が届くソリューションを提供することは難しい。ご指摘の通り、営業店の支店長や役席クラスがM&Aシニアエキスパートの資格を取って、お客さまの生の声を吸い上げることがお客さまに寄り添うことにつながると考えている。
  • 加藤 役席以上のクラスが資格を取っていると、若手もその背中を見て、「こういうふうになりたい」「資格を持っていればこんなにしっかりお客さまと話ができるんだ」という思いになるのではないか。
  • 山城 まさしく、お客さまに「本当に沖縄銀行で良かった」と思っていただける人材育成の重要性を痛感している。そのため、資格取得を奨励するとともに、M&Aセンターには出向でこれまで何人も行員を派遣している。当行に戻ってからは営業店や本部の各方面で活躍している。
  • 三宅 地銀で初めて当社に出向の派遣をされたのも沖縄銀行で、多士済々の方々が来られている。
地域商社で沖縄県を「攻めの経済」に
  • 加藤 今年7月、地域総合商社みらいおきなわを設立したが、その意図と狙いは何か。
  • 山城 沖縄県は、先述のとおり、第三次産業である観光関連産業を中心とした産業構造である一方、これまで第一次、第二次産業がなかなか育たなかった。今般のパンデミックによって第三次産業は大打撃を受けており、リスク分散を図るべく、足腰の強い第一次、第二次産業を育てていかなければいけないと考えている。
     しかし、産業構造を変えるのは簡単なことではない。沖縄がアジアに近いという地理的優位性は確かにあるが、本土から仕入れると輸送コストがかかるという不利な面も否めない。それをどう克服するかが常に課題としてついてまわる。
     言うなれば、沖縄経済はこれまで、観光客が来県するのを待つ「受けの経済」だった。しかし、今般のパンデミックで明らかになったように、待っているだけではリスクが大きい。そのため、他の地域に乗り込んでいく「攻めの経済」に転換していく必要性を痛感している。沖縄県の企業が他の地域に攻めていくためのソリューションを提供し、トップラインを維持・向上することを目的として、みらいおきなわを設立した。
  • 三宅 沖縄には日本で指折りの魅力的な料理や観光地があり、全国に沖縄ファンは多い。観光客だけに販売するだけではなく、全国に年中販売するEコマースなどいろいろと可能性がある。地域商社はまさに「沖縄県の魅力を売る」という、地域銀行が果たすべき一つのミッションと考える。
  • 山城 土産物は観光客に「沖縄に来たから買っていただける」という側面があるのに対し、年中全国に販売していくためには、商品として本当に魅力のあるものを作らなければならない。付加価値が高く、競争力のある商品づくりのソリューション提案をみらいおきなわで手掛けていきたいと考えている。
  • 三宅 後継者がいない企業には事業を存続できるよう、M&Aの提案を行い、それ以外の企業にはトップラインを引き上げられるよう、みらいおきなわで成長戦略を描く手伝いをする。まさに地方創生に向け、事業承継・M&Aと地域商社を車の両輪として進められている。
  • 山城 他の都道府県と同様、沖縄県には素晴らしいベンチャー企業があり、第二次産業を育てる観点でも地域商社には非常に可能性を感じている。例えば、小型焼却炉「チリメーサー」を開発、設計するトマス技術研究所が、医療廃棄物に触れずに焼却炉に投入できる「メディカルチリメーサー」を完成させた。開発のきっかけは世界中で猛威をふるう新型コロナウイルス。従来型のチリメーサーを導入しているインドネシア・バリ島の医療機関から「ウイルスが付着した医療機関廃棄物に触れずに焼却炉に投入できる仕組みが必要」という要望があり、この仕組みを開発し大変喜ばれている。小型焼却炉という発想は、沖縄ならではの事情もある。廃棄物、特に医療廃棄物の処理は非常に高度な技術が必要だが、沖縄の離島にある医療機関が廃棄物を処理するコストはとても高い。トマス技研のチリメーサーは医療廃棄物でも完全燃焼による処理が可能で、医療機関の施設内に設置することで「困りごと」を解決できる。
     このように素晴らしいソリューション技術を有する県内企業の商品を、みらいおきなわを通じて全国に展開していきたいと考えている。その際、当行が有する地銀のネットワークで情報交換しながら話を進めていくことが非常に大事になるだろう。
「単独自営」システムの強み
  • 加藤 中計では、お客さまの利便性向上のためのデジタルトランスフォーメーション(DX)への言及が多くあるが、どのような取り組みをされているか。
  • 山城 DXについては、地銀の中では比較的進んでいるのではないかと考えている。例えば、18年11月に「おきぎんStarPay」という事業者向け決済サービスを始めたほか、19年3月に、OKI Payという銀行口座に連動したスマートフォン決済サービスをリリースした。また、同年5月にはおきぎんSmart(おきスマ)という残高照会・送金アプリの提供を開始した。このOKI PayやおきスマはオープンAPIを駆使している。オープンAPIには参照系と更新系があり、参照系は残高照会にとどまるが、この二つの決済サービスは元帳の残高を変えることができる更新系で、口座間の資金移動が可能だ。更新系のオープンAPIでスマホ決済サービスの提供を開始したのは地銀で最も早かったと認識している。
     OKI Payもおきスマも、利用開始から2年でかなり利用者が増えている。OKI Payは現在3万4000ダウンロード、おきスマがその倍以上の約7万ダウンロードまで達した。おきぎんJCBカードのアプリは、カード発行後約30年の歴史を通じた利用者の地盤があるため、12万ダウンロードまで達しているが、それに比しても、OKIPayとおきスマの成長スピードは利用者に喜ばれている証と受け止めている。おきスマは、おそらく来年3月までには10万ダウンロードまで増えると見ている。
     このほか、中小企業向けのDX戦略として、当行は20年11月、ココペリという東京のIT企業と提携し、Big Advanceという経営支援プラットフォームの導入を開始した。Big Advanceは、中小企業のDXを後押しするプラットフォームであり、福利厚生、人材派遣、ビジネスマッチング、ホームページ作成など多様なDXサービスを提供している。当行の取引先1300社に契約いただき、取引先には「有料会員の月会費3000円以上の付加価値がある」と非常に好評をいただいている。
     更新系オープンAPIをいち早く導入できたのは、システムを共同化したり、ベンダーに丸投げしたりすることなく、単独自営で行っているからだ。行内にSEが多く育っており、ちょっとしたシステムの修正は行内ですべて行っている。銀行は装置産業であり、自営でなければ新規事業を行うにもベンダーや他行と調整する必要があるが、当行はスピーディーに進めることができる。自営であることでシステムに拡張性があり、独自性ある戦略を実現できる。
  • 三宅 沖縄銀行の事業を進めるスピードは日ごろから実感している。例えば、当社ではM&Aの企業価値を算出する独自のシステムを構築しているが、沖縄銀行は導入を決断してから、自行システムに組み込むまでがとても速かった。ベンダーに相談する必要がないことが速さの秘訣であり、他の事業についても経営上の大きな武器になるだろう。
  • 加藤 IT人材の育成ができるのは非常に大きい。取引先にDXを提案する面でも強みを発揮するのではないか
  • 山城 取引先に対する提案など、IT人材を育成してきた効果はこれからますます発揮できると期待している。地銀はシステムを共同化する方向に進んでいるが、当行は今のところ単独自営を貫く考えだ。銀行システムは単独自営の時代がきたのではないかと思うほどだ。
「金融をコアとする総合サービスグループ」に
  • 加藤 資金繰り支援のほかに、沖縄県の事業者をどう支援していく考えか。
  • 山城 コロナ禍において事業者が銀行に求めることとして、資金繰り支援や既存融資の条件変更は当然ある。だが、銀行ができることはそれにとどまらないはずだ。コロナ禍がいつ落ち着くか先を見通せないという人たちに対して、廃業を勧めるのではなく、これまで培ってきたのれんを引き継ぐよう、M&Aに結び付けることが当行の大きな使命と考えている。商流を太くし、伝統を受け継ぐ事業承継、M&Aが最も大事な課題の一つと考え、力を入れている。
     おいしいものを作り、文化を担い、技術力がある企業も、ひとたび廃業すればそれらが失われてしまう。そして何より、廃業すると従業員は失職してしまう。それをM&Aによって新たな企業にバトンタッチするのはとても重要なことだ。
     沖縄県は全国的に所得が低いという問題もある。M&Aによって集約し、設備投資などを進めることで生産性が上がり、結果的に従業員の給与も増えることが期待できる。
  • 加藤 「地域と共に成長する金融をコアとする総合サービスグループ」として、10月に沖縄フィナンシャルグループが設立された。持株会社に踏み切った頭取の決意は。
  • 山城 沖縄県の経済規模は全国の1%にも満たない。その中でインバウンド需要が盛り上がってきていたが、コロナ禍により大打撃を受けた。
     今後は例えば単に観光客数を年間1000万人にすることを目指すのではなく、より質が高く、付加価値の高い観光業に変わっていかなければいけないと考えている。
     その中で当行が何をなすべきか。先述のとおり、金融業だけでなく非金融業も含めたサービスの付加価値を高め、総合サービスグループに変わっていくために持株会社形態にする決断をした。非金融部門でも、沖縄県の事業者のお手伝いができるようなグループにすることが目的だ。その具現化の一つがみらいおきなわであり、これまで当行のグループがお手伝いできなかった領域までビジネスを拡張し、お客さまのトップラインの底上げやコンサルティング支援をしていきたい。
  • 三宅 地銀界の中でも、持株会社化への動きは早かった。
  • 山城 当行の規模で持株会社化に踏み切った銀行はまだないと思う。規模で躊躇することがなかったのは、総合的なサービスを提供するグループに衣替えしていくという明確な考えがあったためだ。
  • 三宅 やはり、国も県も懸命に地方活性化策を打ち出しているが、結局のところ、地方経済における主人公は地銀だと思う。地域の優秀な人材を雇い、お金の中枢機関であり、情報も持っている。ヒト・カネ・情報のみならず、地域商社を設立することによりモノも動かせるようになった。それを持株会社化によって実現することは、まさしく地方創生に直結する。
  • 山城 持株会社化によって、メガバンクではできない「地銀ならでは」の金融・非金融の事業を多く手掛けていき、沖縄県のために尽力していきたい。