持株会社化によって、 「地域総合金融サービス業」への転換を目指す 日本M&Aセンター◆特別企画◆

〔週刊 金融財政事情 春季合併号掲載〕
※本鼎談は2022年3月15日に実施したものです。

地域社会に強い金融機関があることが地域経済の活性化につながる
株式会社十六フィナンシャルグループ 社長 池田 直樹 (いけだ なおき)氏
1957年生まれ。80年十六銀行入行。2003年今池支店長、08年取締役名古屋支店長、13年常務取締役事務部長、14年取締役副頭取、21年より現職。

情報をもつ地域金融機関だけが地域の抱える課題を解決できる
株式会社日本M&Aセンターホールディングス 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役、08年社長に就任。日本M&Aセンターは、07年に東証一部に上場。21年10月純粋持株会社体制に移行し、22年4月より東証プライムに上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい 社長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループCEO。

持株会社体制への移行で 全職員の一体感は高まった
  • 加藤 2021年10月に十六フィナンシャルグループを発足させた。これまでの取組みや評価、手ごたえはどうか
  • 池田 当社グループは、「地域総合金融サービス業」へのビジネスモデルの転換を目的として、持株会社体制に移行した。これに対する評価については、ステークホルダーの方々がこれから決めていただけるのではないか。当社グループとしては、持株会社体制への移行を契機に変革のスピードを上げていきたい。
     現在、外部の有識者の方々の意見も取り入れながらさまざまなことに挑戦している。一例として、DXを推進する子会社や、まちづくりを支援する子会社を立ち上げたことが挙げられる。これらの子会社への出向者を銀行内で募ったところ、多くの若手職員の手が挙がった。経営側は、銀行中心のビジネスから脱却し、グループ全体として「お客さま・地域の成長と豊かさの実現」という志を掲げ、若手職員も理解を示してくれた。こうした意味では、グループとしての一体感が高まっていることに手ごたえを感じている。
     ただし、若手職員のこうした意思の表れは、銀行の伝統的な預貸金ビジネスに魅力がなくなっていることを意味しているのではないかとも考えている。お金に需要があった時代は、資金供給をする金融仲介機能に価値があったが、今日ではそれが過剰なセールス現場になってしまった。資金の供給過多という状況の中では、銀行が企業に資金供給をして両者が成長するという、かつては当たり前に存在した機会が減り、若手職員が伝統的な銀行業務に携わることで得られる喜びを感じにくいのではないか。
  • 三宅 当社では、地方銀行の若手職員を研修目的で受け入れているが、彼らは「実質的に経済規模が縮小している地方では、お金を貸しているだけでは地方は活性化しない」という考えを持っている人が多い。これは「地域に貢献したい」という高い志があるから出る言葉であり、「地域の成長や活性化を図りたい」という明確な目的意識がある。こういった若手職員が増えている中で、持株会社制度の下でさまざまな業務に取り組むことができる子会社を設立できるようになったことは、非常に有意義である。
  • 池田 DXの推進やまちづくりを支援する子会社への勤務を希望する若手職員が多くいたことは、当社グループ内にそうした思いを強くしている職員が多いことの表れだ。私自身は、コロナ禍がそういう思いを加速させたのではないかと考えている。友人や知人、家族でさえなかなか会えないという中で、自分の住んでいる地域や街をより意識するようになったのではないか。
ポストコロナでは 金融支援を超えた支援策が必要
  • 加藤 長引くコロナ禍の影響で、取引先も困難な状況にあると思うが、資金繰りも含め、どのような取引先支援を行っているか。
  • 池田 他の地域と同様に、観光業や飲食業では大きく影響を受けている事業者がおり、決して経済状況は上向いていない。しかし、資金繰りに窮した経営破綻はきわめて少ないという印象だ。当社グループとしては、コロナ禍の当初から現在まで資金繰り支援は徹底的に行っており、政府の支援もあった実質無利子無担保融資の返済はこれからという状況だ。このような状況においては、当社グループに対する事業者の期待は、資金提供以外の支援にあるのではないかと考えている。
     当社グループの主な営業エリアである岐阜県・愛知県の事業者の特徴として、堅実経営で借金を嫌うことが多いことは確かである。こうした点も踏まえると、単なる資金繰り支援では不十分で、今後は取引先ごとの異なる事情に応じた支援策が必要だ。地域金融機関の役割としては、取引先ごとの課題解決ニーズを理解し、オーダーメイドの対応をしていかなければならない。
     そうした点を踏まえて取引先の課題意識を考えると、カーボンニュートラルに向けた取組みについて、課題意識を感じている印象であり、サポートを欲している取引先は多い。当社グループでは、脱炭素を実現するためのコンサルティング会社と業務提携を行っており、今後は取引先に対する脱炭素支援に本格的に取り組んでいきたい。
  • 加藤 古くからものづくりが盛んな地域だが、事業承継についてのニーズは。
  • 池田 当社グループの主な営業エリアにおいても、後継者不在といった理由で事業承継が経営課題になっている取引先は多い。十六銀行では約20年前からこの問題に対する取組みを進めていたが、今日の現状を見るに、さらに事業承継サービスの充実を図る必要がある。
     こうした問題に積極的に取り組むのは、当社グループが「地域から必要とされ、敬愛される存在」にならなければ、今後、当地域で生き残ることができないのではないかという危機感からだ。これまで銀行は、地域や企業に資金を融資することで存在を認められ、今日まで生き残ってきた。しかし、預貸金ビジネスの現状を見れば、これを中心としたビジネスのままでいるわけにはいかない。もちろん、今後も預貸金ビジネスがなくなることはないが、事業承継支援のように、タイムリーでニーズのあるサービスを提供することが、われわれが当地域で今後も生き残っていくために必要なことではないか。
  • 三宅 岐阜県・愛知県は歴史的にも優れた製造業が多いが、優れた企業はそれに安住してしまうことで、時代遅れになりがちだ。その点、十六銀行は約20年前から企業の二代目を育てるセミナー等を積極的に開催しており、単に事業承継を円滑に行うためだけに限らず、革新を起こす二代目を育てるためとして、さまざまな取組みを行ってきた。その効果はこれから発揮されると思うが、長期的な視点でこうした取組みを行っている地方銀行は非常に少ない。
事業承継・M&Aを 地域金融機関の「通常業務」に
  • 加藤 日本M&Aセンターが主催する「バンクオブザイヤー」の常連だが、事業承継やM&Aに関する人材育成についてお聞かせ願いたい。
  • 池田 十六銀行は、約20年前から百五銀行と名古屋銀行とともに「中部金融M&Aネットワーク」を運営し、各銀行の取引先の事業承継・M&Aを支援してきた。当時、地方銀行としては先駆的な取組みであったと思うが、今日まで継続的に取り組み、当社グループ内にノウハウを蓄積できたことが、皆さまから評価をいただく大きな要因ではないかと思う。もちろん、日本M&Aセンターの継続的な人的支援の要因も大きい。19年3月にはそうした支援もあって「経営承継支援室」という専門の部署を立ち上げた。当該部署の人材は、できるだけ定期的な人事異動をさせないようにし、支店長経験者も含めて、専門職として腰を据えて事業承継・M&Aに取り組むことができるようにしている。組織の設立から4年目を迎え、徐々に成果が現れ始めている。引き続き、地に足の着いた事業承継やM&Aに取り組んでいきたい。
  • 三宅 事業承継やM&Aといったソリューションビジネスは、今後、地域金融機関における融資業務のように、「本業化」していく必要があるのではないか。つまり、地域金融機関の職員は取引先に対し、融資等と同様に自然と事業承継やM&Aといったソリューションを提案できるようにならなければいけない。しかし、現状はそこまで浸透しておらず、特別な業務の一つにとどまったままだ。地域金融機関が事業承継やM&Aに関する業務を通常業務の一つと位置付けることで、人材は育っていくのではないか。
  • 池田 岐阜県・愛知県の経済規模を考えると、事業承継やM&Aのニーズをもつ企業は数万社に上るのではないかと考えている。現在は本部で対応しているものの、今後は営業店の一般的な銀行員が取引先に訪問した際に、事業承継やM&Aに関する提案ができるようにならなければ、取引先の事業承継ニーズに対して十分に対応はできないだろう。当社グループとしても、事業承継やM&Aを「銀行員としての通常業務」として身に付けられるような仕組みを模索していきたい。
  • 加藤 行員一人一人の意識改革から取り組む必要がありそうだ。
地域金融機関は「交渉相手」から 「相談相手」にならなければいけない
  • 池田 今後も見込まれる事業承継ニーズを踏まえると、事業承継やM&Aを地域金融機関にとっての通常業務にすることは重要だと考えるが、それと同時に、事業承継やM&Aを取引先から託されるような人材を育てなければいけない。
     現在、当社グループでは人材育成メニューに事業承継やM&Aの知識の習得に関する研修を盛り込んでいるが、これはあくまでも「インプット型」の人材育成だ。これだけでは事業承継・M&Aを地域金融機関の日常業務としていくには限界がある。つまり、インプットした知識やノウハウを、どのようにして取引にアウトプットしていくかという点に課題意識があり、今後、研修メニューの見直しを行っていかなければならないだろう。
     ただし、地域社会の中で企業が事業承継やM&Aを行うことが、従業員をはじめとしたステークホルダーに与える影響は大きい。そのため、当社グループ側の都合で事業承継やM&Aを取引先に提案することは不適切だ。事業承継やM&Aはあくまでも取引先の課題解決に用いる手段の一つにすぎず、取引先のニーズをよく理解しなければいけない。その上で、取引先が営業店の担当者に何気なく相談できるという関係を築いていかなければならないし、いざ相談があった際には、インプットした知識やノウハウをスピーディにアウトプットできる人材を育成する必要がある。それには、取引先から信頼される人材が必須となるだろう。
  • 三宅 事業承継やM&Aは、同じ地域の中でマッチングができれば企業や取引金融機関は安心感があるが、地域の中でうまくマッチングができずに他の地域から大きな資本が入ってくる場合もある。こうしたことをやみくもに行うと、地域経済がダメージを受けることにもつながりかねない。地域における事業承継やM&Aは、きめ細かな配慮が必要になり、こうした点がこの業務の難しさでもある。しかし、地域金融機関の強みは、営業エリア内であれば、どの取引先に対しても一定以上の情報を持っている点だ。「事業承継を経営課題としているか」「M&Aという手段は取り得るか」といった取引先の情報把握は、地域金融機関にしかできないことだ。取引先企業の本音を引き出し、事業承継やM&Aも含むベストプラクティスを探していくことが、地域金融機関の在るべき姿なのではないか。
  • 池田 今日において、取引先と信頼関係を築くことは簡単なことではない。これは、預貸金ビジネスが飽和してしまったことで、取引先が銀行員のことを「相談相手」ではなく「交渉相手」とみなすようになったからではないかと思っている。
     例えば、十六銀行が行う融資の金利水準よりも他の金融機関の金利水準が低かった場合、当社側としてはできる限り追加的な対応を行う。取引先からすれば、「最初からベストプライスを出していない」ということになる。近年はこうしたことを何度も繰り返してきた。現場は取引先から交渉相手とみなされ、対応することに相当な負担感がある。
     マイナス金利政策も6年以上続いており、さらにそれ以前から低金利政策も継続している。この間に銀行に勤めている者は、「金利交渉はいかに安く叩かれることを回避するか」ということしか経験していない。資金需要のある取引先に資金を供給し、金融機関と取引先企業が互いに成長するという本来的な金融の在り方が形骸化しつつある。金融機関と取引先が「交渉相手」の関係では、地域社会における信頼関係は醸成しにくい。そういう意味でも、預貸金ビジネス中心の経営から脱し、顧客や地域のニーズにこたえる地域総合金融サービス業に生まれ変わらなければならない。
地方銀行の実力の差が 地域経済の実力差につながる時代に
  • 加藤 21年10月から23年3月までの第1次経営計画では、①マーケットインアプローチ戦略、②DX戦略、③地域コミット戦略の3本柱を掲げている。
  • 池田 この3本柱は、当社グループが銀行を中心としたビジネスモデルからの脱却を図るために必要な取組みである。これをより取り組みやすくするために持株会社体制に移行した。まだ始まったばかりであるが、着実に取組みを進めていきたい。
     昨年の10月に持株会社体制をスタートさせた際、私が経営幹部や支店長に伝えたのは、「変えるにはリスクが伴う。変えなければより大きなリスクが伴う」という言葉だ。米国のアポロ計画で月に到達した宇宙飛行士のジョン・ヤングの言葉であるが、地域金融機関であるわれわれは、今の時代に変わらなければより大きなリスクにさらされるのではないかと考えている。新しいことに挑戦することで失敗はあるかもしれないが、われわれがサステナブルな組織になるためには、変わっていく必要があるということだ。
  • 三宅 岐阜県・愛知県といった中部圏は、これまでは経済が活性化していた地域であった。繊維やセラミックといった産業に加え、機械や金属加工業も盛んだ。飛騨高山をはじめとした観光資源にも恵まれていてバランスの取れた地域である。東海地区全体を見れば、世界の冠たる自動車産業もある。ただ、そういう中でも若年層を中心に人口は減少しており、将来的な経済規模は縮小していく。経営者の高齢化や後継者問題で企業の数が減っていくことも想定される。さらに、世界的な脱炭素の流れの中で、自動車産業もこれまでどおりではいられなくなる。
     こうした大きな潮流は地域経済にも大きな影響を与えるが、変化に戸惑う企業を支えるのは地方銀行しかない。東京などの大都市であれば、著名なコンサルティング会社があるかもしれないが、地方でファイナンスも含めた総合的なソリューションを提供できるのは地方銀行だけだ。地方銀行が地域の経済人を育て、また、今日的な課題に対して全国から知識やノウハウを有する人材を招致し、地域経済の活性化に取り組まなければいけない。これからの時代は、地方銀行の実力の差が地域経済の実力差につながる時代になるのではないか。
  • 池田 金融産業は社会のインフラであり、強い金融機関を地域に残していくことが、地域のために最も役に立つのではないかと考えている。また、伝統的な金融分野以外の業務についても、持株会社化したことのメリットを最大限に活かし、地域が抱えている課題の解決に取り組んでいきたいと思っている。