銀行グループ全体の経営資源を活かし、 全方位で企業活動の活性化を目指す «トップ鼎談»

日本M&Aセンター◆特別企画◆トップ鼎談

〔週刊 金融財政事情 秋季合併号掲載〕
※本鼎談は2023年8月8日に実施したものです。

人口減少による経済活動の縮小を、コンサルティングビジネスでくい止める
東邦銀行 頭取 佐藤 稔 (さとう みのる)氏
1960年生まれ。83年東邦銀行入行。方木田支店長兼大森支店長、須賀川支店長、市場金融部長を経て、2012年取締役、14年常務取締役、16年専務取締役、20年から現職。

今の時代に合った事業の承継が重要
株式会社日本M&Aセンターホールディングス 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役、2008年社長に就任。日本M&Aセンターは、07年に東証一部に上場。21年10月純粋持株会社体制に移行し、22年4月より東証プライムに上場。

[コーディネーター]
金融財政事情研究会 理事長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年社長。17年グループCEO。23年4月より現職。

日常が戻りつつあるものの人手不足や人件費の高騰が新たな課題に
  • 加藤 新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行し、社会は日常を取り戻しつつある。最近の福島県内の景況感・取引先の業況はどうか。
  • 佐藤 5類に移行したことで人流は戻りつつある。製造業では、設備投資への具体的なニーズが高まっており、非製造業では、観光業等が徐々に息を吹き返している状況だ。コロナ禍で地域経済は相当に落ち込んだが、全体としては間違いなくよい方向に向かっていると思う。ただ、県内外からの団体旅行等の回復はいまだ弱いと感じており、その部分が今後の課題として残るだろう。
     全体として景気が回復基調にある点はよいが、人手不足や人件費の高騰が新たな課題として挙がっている。また、コロナ禍で売上げが減少した中小企業等への融資にかかる返済が本格化を迎える点や、これらを含む過剰債務問題もある。企業倒産や代位弁済も増えてきていることもあり、諸々の点を注視していく必要があるだろう。もう一つ、福島県の独自要素として、第一次産業の戻りが遅い点も影響は少なくない。東日本大震災に起因した風評被害の問題はいまだ大きく、マスメディアで取り扱われるたびに米の価格は敏感に反応してしまう。福島県民としては残念だが、今後も抱えていかざるをえない課題だ。
     私は、福島県民であることを誇りに思っている。東日本大震災による未曽有の被害から、巨大な余震や台風による水害、そしてコロナ禍と数々の苦難を乗り越え、県民の多くが前を向いて活動しているからだ。福島県民の方々のそうした気持ちを切らさないようにすることも私たちの重要な役割の一つであり、当行の行員も一生懸命日々の業務に取り組んでいる。
  • 加藤 観光業は回復基調にあるとのことだが、インバウンド(外国人観光客)の動きはどうか
  • 佐藤 関西地方と比較すると、インバウンド需要はもともと大きくなかったように思う。コロナ禍が落ち着いてきてから徐々にその恩恵は増えてはいるものの、まだまだ小さい。そこは課題の一つになるだろう。ただ、7月に開催された伝統行事「相馬野馬追」では、外国人観光客が数十台ものバスで観覧に来たと聞いた。そういった話を聞くと期待は持てるのではないか。いま、新潟空港、仙台空港には東南アジアからの飛行機が頻繁に来ており、これら観光客にどうすれば福島県に来てもらえるかを今後考えていく必要がある。
法人コンサルティングの強化で県内の複数の課題に取り組む
  • 加藤 東邦銀行では、中期経営計画に「とうほう『輝(かがやき)』プラン」を掲げ、これを含む「長期ビジョン」では、「地域社会に貢献する会社へ」というスローガンを謳っている。この中で、法人コンサルティングの高度化が盛り込まれたが、どのような現状か。
  • 佐藤 当行では、「長期ビジョン」の実現に向けて三つの成長ドライバの促進に取り組んでいる。第1の成長ドライバは、事業性融資や預り資産運用といった従来のコアビジネスによるストック収益の強化、第2の成長ドライバは、当行グループ各社の経営資源を利用した幅広いコンサルティングサービスの提供によるフロー収益の強化、第3の成長ドライバは、金融サービスの枠を超えてあらゆる面で地域貢献に資する事業展開である。現状で、特に力を入れているのは第2の成長ドライバで、関連グループであるとうほう地域総合研究所と東邦情報システムでは、それぞれ経営コンサルティングとITコンサルティングに取り組んでいる。事業承継・M&Aコンサルティングに関しては、2022年に創設した東邦コンサルティングパートナーズが担っているが、この領域に力を入れる理由は、福島県の人口減少問題が深刻な点が挙げられる。
     福島県の人口は約177万人だが、東日本大震災前の約210万人から約30万人も減少している。東日本大震災の影響も当然含まれるが、このままだと40年にはさらに40万人減少して約140万人になる見込みで、行政としてもなんとかスローダウンさせたい現状だ。こうした中で我々ができることは何かと考えたとき、結局は、雇用を守ることや企業を減らさないことが効果的であると考えた。調査会社によれば、22年には県内で約800社が休廃業または解散しており、その中には、黒字であるにもかかわらず廃業したり、後継者不在により廃業を余儀なくされたりするケースが多く含まれているという。福島県内の経営者の平均年齢は60歳を超えているが、経営者というのは70歳を超える頃に様々な決断をすることが多い。つまり、目下の10年間が勝負時なのではないかと考え、この分野に特化した業務を行う会社として東邦コンサルティングパートナーズを設立した経緯がある。
     銀行本体でも様々な業務に取り組んでいることから、別会社を立ち上げることで銀行内外に今後の注力分野をアピールできる狙いもある。同社は代表自ら県内の各地で講演しているので、認知度としては相当程度高まってきたと思う。結果的には、お客さまからの相談も増加傾向にあり、現状の取組みとしては順調であると認識している。
  • 三宅 相談件数や認知度の高まりを見れば、1年目から大成功ではないか。福島県民の方々は、東邦コンサルティングパートナーズという別会社が立ち上がることで、事業承継・M&Aに関しては「ここに相談すればいい」と認識できる。「銀行に相談」というと敷居が高く感じる人にとっても、非常に効果的な施策だ。
  • 佐藤 県外企業が関わる案件も出てきており、23年度上期は計画以上の収益になるのではないかと考えている。日本M&Aセンターにも様々なバックアップをいただいており、体制面に改善点はあるが、現状、当行グループの組織の中では予想を超えた成果が上がっている。
     とうほう地域総合研究所も、シンクタンクとして調査事業だけを行っていたが、同研究所の理事長は東邦コンサルティングパートナーズの社長も兼任しているので、今後は、事業承継・M&A以外の事業者向けコンサルティングや、地方公共団体向けのコンサルティング業務にも力を入れることができるだろう。現状、同研究所にはサブスクリプションのように「定額で一週間に一度の相談に乗ってほしい」、「経営会議に出てほしい」といった声も寄せられており、取引先のコンサルティングに関するニーズの高さを力強く感じている。こうした接点がきっかけに事業承継やM&Aの話につながることもあるので、両方の相乗効果は大きいはずだ。
     銀行本体では取り扱う業務が多岐にわたっているが、今後、顧客ニーズの高いものは銀行本体からスピンオフしていきたい。例えば、現在は銀行本体に属する人材紹介事業も、東邦コンサルティングパートナーズに移管し、徐々に専門性を高めていきたいと考えている。
変わらなければいけない企業には「耳の痛い」助言が必要
  • 加藤 東邦コンサルティングパートナーズやとうほう地域総合研究所とのさらなる連携に向けて、今後どのように取り組まれるか。
  • 佐藤 コロナ禍を経て、改めて伴走支援が経済活性化に向けて重要だと認識している。伴走支援とは何かといえば、それは企業ごとに異なるものだ。コロナ禍や原材料高等で様々な影響を受けているお客さまは多い。その中でも自ら動ける企業であれば側面的支援をすればよいが、そうではない企業に対しては、我々が企業経営の中に入らせていただき、議論を交わしながら支援の道を探すのがよいと考えている。このように、企業の現状に応じた柔軟な対応こそが伴走支援であるはずだ。21年頃からポストコロナに向けた本格的な取組みを実施しているところだが、顧客企業の経営者の意識に変化も見えている。こうした取組みを推進し、「お客さまの本当のニーズは何か」を我々が知るだけではなく、お客さま自身にも気付いてもらうことで、諸問題は解決できるのだと考えている。そうした点を踏まえると、東邦コンサルティングパートナーズやとうほう地域総合研究所は、どれくらいお客さまの懐に入り込めるかが今後の大きな課題になるのではないか。
     かつてのバブル景気の終わりとともに、企業に対する金融機関のデットガバナンスは、少し弱くなってきていると思う。しかし、時代の変化とともに変わらなければいけないお客さまは数多くいる。「うるさい」と言われながらも、いかに耳の痛い話をお客さまにできるかも今後の課題になると思う。
  • 三宅 時代が変化することと呼応して、事業内容や企業のあり方も点検する必要があると考えている。例えば、事業承継という点でいえば、創業者が30年前に立ち上げた事業をそのまま後継者に継がせても、今の時代にビジネスとして成立するかという視点が重要だ。事業の合理化、生産性の向上、新規事業の立ち上げといったように、今の時代に後継者が継承するに値する企業になるような支援も必要になるだろう。
事業承継・M&Aへの本格的な着手をすべての職員に印象付ける
  • 加藤 21年に開催した「事業承継・M&Aカンファレンス」には、4500名を超える集客があったと聞いた。「地域貢献」を実現するための取組みは。また、行員の方々の認知やモチベーション等はどのように変化したか。
  • 佐藤 日本M&Aセンターの支援もあって盛大に開催することができた。当行の行員も「今後の当行グループはこういう業務に注力していくのだ」ということを、間違いなく理解できた。これまでも事業承継やM&Aの重要性については周知をしてきたつもりだが、「事業承継・M&Aカンファレンス」の開催によって、当行グループの今後の成長ドライバとしての位置付けを十分に周知できた。その後、お客さまからも相談が相次いだので、福島県内での認知度は相当程度上がったと考えている。
     地域への貢献という意味では、我々が日々の業務に取り組むことで、できるだけ多くの企業に福島県内に残ってもらうということに尽きる。そのための施策の一つとして、コンサルティングによる企業への積極的なアプローチを挙げたが、企業の懐に入っていくからこそ見えるものがあるはずだ。その結果として、経営者と従業員の双方によい影響が出てくるというのが最も重要な部分で、後継者不足や人口減少という環境下では、その一つの手法として事業承継の必要性やそれに伴うM&Aも間違いなく必要になるだろう。ただし、企業の懐に入ることは容易ではない。我々だけではなく担当者の継続的な努力が必要だ。
時代に合った人事制度の必要性
  • 加藤 人材育成戦略としてキャリア申告制度、ライフスタイル選択制度、シニアサポーター制度といった様々な制度を導入している。事業承継・M&A人材の育成についてはどのようなお考えか。
  • 佐藤 事業承継・M&Aの人材育成については、日本M&Aセンターへの出向が大きな効果を発揮しており、非常に感謝をしている。22年に人事制度を変えたが、最も特徴的なのは、行員が自分自身のやりたいことを自ら申告できるようになったことだろう。もちろん、事業承継やM&Aといった分野も例外ではない。
     今日における銀行業務は多岐にわたっており、営業店の支店長職を一定の到達点としたゼネラリストの育成だけでは不十分だと考えている。このため、例えば「私はM&Aの業務をやりたい」といったように、自分である程度キャリアを選択できるような制度に改定をした。今後、この制度を継続的に運用することは大きな課題だと認識しているが、ジョブ型とまではいかなくとも、キャリアを選べることは行員にとってプラスになると考えている。
     事業承継・M&Aの分野については、このスキルを活用して「こういうことをやりたい」、「地域創生に活用したい」という行員は間違いなく増えてきた。このため、日本M&Aセンターで鍛えていただいた行員の知識やノウハウを、専担部署だけではなく様々な部署で活かすことができるのではないかと考えている。
  • 三宅 最近の若年層は「地域に貢献したい」という仕事観を持った人が多い。これを活かせる人事制度の存在は、東邦銀行への就職希望者に訴求でき、若手行員の離職率低下にもつながるのではないか。
  • 佐藤 今の若年層は、組織が人的資本経営を志向しているかをよく見ている。転職を希望する人も増えていると聞くが、これは「やりたいことを探す」、「やりたいことをやる」という考え方を表していると思う。
     今年の新入社員の基本的価値観は「共創」だという。新入社員だから上司や先輩の言うことを聞いていればいいというのではなく、新入社員でも何かしらの仕事に主体的に関わることが重要だということだろう。
     人事制度は時代に合ったものにしなければいけない。行員のモチベーションが上がる施策を打てれば、成果も後から付いてくるはずだ。
  • 三宅 今の銀行では人的資本志向は非常に重要になっている。人口減少への対応、地域活性化の必要性、顧客のDX対応等、複雑な要素から構成される難題を解決できる銀行でなければ、地域では生き残れない。そういう意味では、この人事制度のあり方は非常に有意義なものになるだろう。
DXや脱炭素は顧客の関心を引き出すことが重要
  • 加藤 ITインフラの整備やDXへの取組みが重要な経営課題になっている。
  • 佐藤 三つの成長ドライバの促進のためには、デジタル分野と人的資本への投資が重要だ。当行は、24年から「TSUBASA基幹系システム」に移行するが、これは、デジタル戦略やDXに取り組む上で重要な基盤・ITインフラであると認識している。基幹系システムが変われば、店頭タブレット、個人ポータル等、先進的なサービスを効率的に接続することができる。現場には相当な負担がかかっていると思うが、2~3年以内には完全に換装できるはずだ。
     デジタル分野については、お客さまへのデジタル化支援も重要な業務になっている。顧客企業の人手不足も、業務のデジタル化によって解決できる部分も少なからずあると思う。このため、当行のグループ会社である東邦情報システムが対応しており、ここにも一層の力を入れていきたい。
  • 加藤 サステナブル経営の一環として、SDGsやカーボンニュートラルにはどのように取り組むのか。
  • 佐藤 今年の4月、福島県(会津若松市)は環境省から脱炭素先行地域に認定された。デジタル技術を活用した効率的なエネルギーマネジメントによる「ゼロカーボンシティ」の実現を目指している。カーボンニュートラルは世界的な目標でもあり、福島県におけるこうした動きもあって、お客さまも興味・関心を寄せている。当行のグループ会社である東邦リースでは、郡山市にあるお客さまの営業車30台を電気自動車にし、それに伴って給配電設備やソーラー充電が可能なパネルを屋根に取り付ける等、ひとまとめでリースとして提案できた。こうした新しい分野に対しても、お客さまのニーズに応じて積極的に取り組んでいきたい。
     全国的にもそうだが、福島県でもポストコロナに向けて多くの産業で企業活動が本格化を迎えようとしている。こうした動きに乗り遅れないよう、福島県の発展と持続的な経済成長に向けて様々な支援に取り組んでいきたい。