デジタル化と伴走型支援で 地域課題の解決や経済活性化に挑む «トップ鼎談»

日本M&Aセンター◆特別企画◆トップ鼎談

〔週刊 金融財政事情 2023 10.31号掲載〕
※本鼎談は2023年8月9日に実施したものです。

事業承継・M&Aの専門人材を地域課題解決のプロフェッショナルに
岩手銀行 頭取 岩山 徹 (いわやま とおる)氏
1965年生まれ。88年岩手銀行入行。大崎支店長、市場金融部長等を経て、2018年執行役員、19年執行役員東京営業部長、21年取締役常務執行役員総合企画部長委嘱、22年から現職。

「成功体験」の積み重ねが、行内に事業承継・M&Aのノウハウを蓄積させる
株式会社日本M&Aセンターホールディングス 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役、2008年社長に就任。日本M&Aセンターは、07年に東証一部に上場。21年10月純粋持株会社体制に移行し、22年4月より東証プライムに上場。

[コーディネーター]
金融財政事情研究会 理事長 加藤 一浩(かとう かずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政入社。出版部・業務企画部・東京営業本部等を経て2011年取締役出版部長。13年社長。17年グループCEO。23年4月より現職。

景気は全体として回復基調にあるが企業業績は二極化
  • 加藤 東日本大震災から10年が経とうとしていた中で、コロナ禍に見舞われた。新型コロナウイルス感染症は5類感染症に移行したが、新たに物価高が深刻な影響を及ぼしている。こうした状況下、県内の景況感はどうか。
  • 岩山 当行のグループ会社であるいわぎんリサーチ&コンサルティングが2023年7月に実施した「岩手県内企業景況調査」によると、岩手県内企業の業況判断BSIは、マイナス14.7という状況だった。3カ月前の前回調査と比較すると7.9ポイント上回り、2期連続で改善が見られる。エネルギー価格上昇に伴う物価高の影響もあり、企業収益環境は引き続き厳しい状況にはあるが、新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、抑制されていた消費者行動も活発化しており、全体の景況感は改善していると考えている。
     最近は岩手県内の各地で祭り等のイベントが再開しているが、ホテルや旅館の宿泊費は過去と比較すると相当程度上がっている。例えば盛岡市内でビジネスホテルに宿泊する場合、コロナ禍以前は1泊当たり8000~9000円だったが、現在は、1万6000~1万7000円程度が相場になっているという。しかし、今年8月に盛岡市で開催された「盛岡さんさ踊り」の期間中、ホテルや旅館の稼働率は約8割だったと聞いている。例年であればほぼ100%に近い稼働率になるところ、今年は人手不足が大きな要因になっているという。
     北上市、金ヶ崎町、奥州市等、岩手県南部には、トヨタ自動車東日本、キオクシア、東京エレクトロン等、名だたる企業が工場を進出させており、近年ではTDKやSMCといった大手企業が新工場を完成させる等、設備投資は活発だ。ただ、こうした大企業ですら十分な人手が確保できていないと聞いており、人手不足の深刻さは大きな問題であると認識している。先ほどのホテルの稼働率と同様に、景気回復の足かせになっている。
     また、人手不足の問題に加えて、企業が提供する財やサービスの価格引き上げが物価上昇に追い付いていないという問題もある。言うまでもないことだが、コスト高を価格に転嫁できなければ、依然として業績は苦しいままだ。こうした現状もあって、景況感は全体として回復基調にあるものの、企業間で業績は二極化している。
  • 加藤 コロナ禍では、いわゆるゼロゼロ融資で取引先企業に支援を行ったと思うが、県内ではどのような状況か。
  • 岩山 岩手県内でも、ゼロゼロ融資における貸出金の利子補給期間が終了している等、返済は本格化している。当行においては、ゼロゼロ融資を含めたコロナ関連融資件数の7割以上で返済が始まっているが、返済緩和や据置期間延長が150件程度にとどまる等、大きな影響はないと考えている。22年度は3700を超えるコロナ関連融資の利用先に対してフォローアップ運動を展開した。コロナ禍を契機に新たな事業へ挑戦を試みる取引先へ支援も行っており、事業再構築補助金の採択累計に占める当行の関与割合は55%にも上っている。
     現状、取引先の返済状況に大きな問題は起きていないと認識しているが、エネルギー価格、消費者物価、人手不足に伴う人件費の高騰等、企業におけるコスト上昇要因が落ち着きを見せる気配がないこともあり、引き続き、緊張感をもって伴走型支援に努めていく。
カーボンニュートラルにはオール岩手県で「価値共創」に取り組む
  • 加藤 「第21次中期経営計画~地域価値共創プラン~」(23年4月〜26年3月。以下、「中計」)では、「グループ総合力と外部連携による包括的ソリューション」を掲げ、いわぎんリサーチ&コンサルティングと連携した事業承継・M&A、経営支援への取組みの強化を挙げている。これまでの手応えは。
  • 岩山 岩手県内の事業者は、少子高齢化や労働人口の減少に加え、AI技術やITの革新による競争環境の激化や、カーボンニュートラル・DXへの取組み等、複雑で多様な経営問題を抱えている。こうした状況に対応するため、20年4月にいわぎんコンサルティングを設立(22年4月にいわぎんリサーチ&コンサルティングに社名変更)し、銀行本体のコンサルティング機能を同社に集約した上で、専門人材の育成を図りながら金融仲介機能の強化と高度化を進めてきた。
     同社設立の狙いを端的に言えば、「ワンストップ体制による複合的なサービスを提供すること」である。従来のコンサルティング業務に加えて、事業者ニーズが高かった人材紹介等の新規サービスを加える等、対象領域を拡大させている。19年~22年の前中期経営計画では、「事業承継・M&A支援先数2400先」を主要計数目標として掲げていたが、コンサルティング機能を集約したことでワンストップ支援体制が整備され、結果的には目標を大きく上回る2723件という実績につながった。
  • 加藤 グローバル規模の課題としてカーボンニュートラルへの取組みが大いに注目されている。
  • 岩山 カーボンニュートラルへの取組みは、我々だけではなく、自治体や企業の皆様と協力しながら進めていかなければならず、「価値共創」という長期ビジョンの下で取り組んでいる。地元自治体から協力を求められているが、岩手県には火力発電所も原子力発電所もないため、地熱や風力といった再生可能エネルギーの利用率を高めていくしかない状況だ。こういう状況の中で、エネルギー自給率を21年度末時点の約39%から、30年度までに66%まで引き上げなければいけない。岩手県内の企業も、この問題に取り組まなければ大手企業のサプライチェーンから外されてしまう恐れもあって、カーボンニュートラルへの関心は高まっている。岩手県の目標も達成しつつ、我々も含む関係者全員が自分事と捉えて真剣に取り組んでいかなければいけない。
  • 三宅 岩手県は海岸線も長く、森林も多い。また、地熱資源ポテンシャルは北海道に次いで全国第2位と聞く。困難が伴うことになるだろうが、再生可能エネルギーの活用余地は十分あるのではないか。
  • 岩山 洋上風力は、日本海側と違って浮体式でなければいけない。技術的な課題はまだまだあるが、いずれ克服されていくのではないか。森林については、岩手県内の約8割を占めており、これまでは弱みのようなイメージはあったが、今後はJ-クレジット活用等、強みになる可能性もある。
デジタルシフトの重要性と人材育成への取組み
  • 加藤 中計では、「情報資産活用による価値共創(金融サービスの革新)」を掲げ、「データ利活用の基盤となるインフラ(基盤・人材)」への投資を積極的に行うとしている。これまで「DXLab」がデジタル化を担っていたと思うが、どのようなことを手掛けてきたのか。 
  • 岩山 21年に立ち上げたデジタル専門部署「DXLab」は、もともと当行内の業務効率化等を実現するために設置した経緯がある。このため、本来的な意味でのDXまでは到達できなかったが、ウェブサイトのリニューアルや消費者ローンのウェブ完結導入という成果はあった。また、いわぎんアプリの機能強化等を進めたことで、現在、消費者ローンの大半はウェブ申込みへ移行し、投資信託のネット購入割合は4割となる等、デジタルシフトは進んだと認識している。なお、いわぎんアプリのユーザーは15万人に上っている(23年8月末時点)。
     銀行内でデジタルシフトに取り組んで改めて感じたが、デジタル化の効果は非常に大きい。コスト削減という点はもちろんだが、顧客がアプリでローンを申し込めば、個人ローン担当者の業務量は減る。これが広く根付けば営業店の人員適正化が可能となるほか、人手不足の中でもより効率的な人材配置ができ、さらに、銀行としても注力したい分野に力を入れることができるわけだ。
     今年4月、営業部門を組織変更し、その一環として、「デジタル推進部」を新設した。さらなるデジタルシフトへの取組みを推進するとともに、デジタル人材を増員していきたい。これと同時に相対的にニーズの高い顧客へのデジタル支援を実施していきたい。
     今後は、いわぎんアプリの機能を強化し、「いつでも、どこでも、安全に銀行取引が完結できる」環境を整え、将来的にはメッセージングやソーシャルメディア、決済、送金、医療や自治体サービス等、日常生活のあらゆる場面で利用できる統合的なアプリにしていきたいと考えている。また、銀行内では、営業・経営情報の一元化・蓄積を行うためのデータ基盤の整備と、データアナリストといったデジタル専門人材の育成を行う。データ利活用による付加価値創出サイクルの実現を目指し、将来的にはデジタルを中心とした業務環境へと変革することで、抜本的なコスト削減を実現していく。顧客へのDX導入支援については、ビジネスマッチングを活用し、当行グループの総合力で顧客ニーズに応えていく方針だ。
課題解決のノウハウ共有が「事業承継・M&A」力を高める
  • 加藤 21年度の帝国データバンクの調査によれば、岩手県では年間約450社が廃業し、うち黒字廃業は245社にも上っている。
  • 岩山 岩手県の企業経営者の平均年齢は既に60歳を超えており、後継者不在率も61%に上る等、いずれも全国平均を大きく上回っている。事業承継は、事業者自身にとって大きな課題になるのは間違いないが、休廃業となれば取引金融機関やその地域にとっても大きな問題だ。企業の存続や雇用の維持は我々にとって最大の課題であり、いわぎんリサーチ&コンサルティングを中心に、関係機関や日本M&Aセンターと協力しつつ、これまで以上の支援に取り組んでいかなければいけない。岩手県にとって、1年間で約450社も廃業しているというのは非常にインパクトのある数字だが、そのうち245社が黒字廃業しているという事実はさらに深刻に受け止めなければいけない。
  • 三宅 岩手県で起源が最も古い酒蔵の「菊の司酒造」も、M&Aを活用した事業承継で事業が存続している。安永年間に酒造業を始めた伝統を受け継ぎ、現在は「新生・菊の司酒造」として素晴らしい日本酒を造っている。
  • 岩山 菊の司酒造は、事業承継前は一般的で伝統的な酒造メーカーだったが、M&Aによる事業承継後は、近代的な工場が整備され、杜氏の方もこれまで以上に業務に邁進できるようになっている。
     黒字廃業してしまった企業だけでなく、様々なケースにも積極的に取り組んでいかなければならない。適切に事業を立て直すことで健全な企業に戻ることはあるし、また、新たな経営者が事業転換等を行う場合は、ある意味で新会社・新事業を立ち上げるようなものだ。こうした点でも、M&A等を活用して事業承継問題に取り組み、地域における経済活動の停滞や雇用喪失を防いでいかなければいけない。
  • 三宅 事業承継やM&Aが成約すると、譲渡企業の経営者は本当に喜ぶ。このシーンに立ち会うことができれば、金融機関の担当者にとっては大きな成功体験になるはずだ。こうした取組みが続くことで金融機関内部にノウハウが蓄積され、そして次の案件につながるという好循環が生まれていく。こうした成功体験を広げていくことは非常に重要だと思う。
事業承継・M&A人材は「戦略的人材」である
  • 加藤 中計では、「多様な人材が働きがいを持ち続ける組織づくり」を掲げた。M&Aシニアエキスパートや事業承継シニアエキスパートの取得者数が増えているが、事業承継・M&A人材の育成策は。 
  • 岩山 事業承継・M&Aの専担者は、外部派遣をしてスキルアップを図っているが、当行からのM&Aトレーニーは日本M&Aセンターに受け入れていただいている。そこで鍛えられた行員も含めて当行内に事業承継・M&Aチームを結成し、取引先への啓蒙活動を継続してきた。これにより、岩手県内にM&Aが浸透して協働受託件数の増加につながっているのだと思う。当行グループが事業承継やM&Aに取り組む意義は、「顧客に事業を継続していただくこと」である。顧客の事業規模の大小にかかわらず支援ができたという意味で、受託件数が基準となるM&Aバンクオブザイヤー「情報開発大賞」を受賞できたのだと思っている。
     案件の発掘は、営業店からのトスアップに起因する部分が大きく、顧客の真のニーズをつかむため、M&A担当者が営業店を訪問し、行員向け勉強会を定期的に行っている。また、M&Aシニアエキスパートの資格取得を進め、現在約80名が資格を有して営業店で活躍している。こうした地道な活動を今後も継続し、事業承継やM&Aのニーズをキャッチできる感度の高い行員の育成に努めていきたい。
     23年4月よりスタートした中計では、「多様な人材が働きがいを持ち続ける組織づくり」を基本方針としており、人材育成施策として「地域課題を解決できるプロフェッショナル人材の育成と個人の成長を促す人材投資」ならびに「コンサルティングスキルを高める研修会」を行うこととしている。
     人材育成面では、重点戦略の核となる人材や専門性を有した人材等の「戦略的人材」を、中計期間中に100名程度育成する計画だ。今後、こうした人材をグループ全体へ適所配置していく計画だが、もちろん、事業承継やM&Aに関連する人材も含まれる。グループ全体で、育成投資として昨年の約2倍に当たる1億円を毎年投入していく予定だ。
     また、いわぎんリサーチ&コンサルティングと連携して、年2回程度、若手の融資渉外担当者を対象とした「事業承継研修会」を開催している。この研修会では、取引先のニーズ発掘から対策提案に至るまでの実務知識の習得に向けた実践的なカリキュラムを提供しており、事業承継対策の重要性を再認識させる機会になっている。今後も内容を充実させながら継続していきたい。