地域活性化と中小企業支援における地域金融機関の役割 日本M&Aセンター◆[2019春季]特別企画◆

〔週刊 金融財政事情 2019春季合併号掲載〕

撮影:坂野昌行

時代が変わってもお客さま目線のビジネスモデルは変わらない
多摩信用金庫 理事長 八木  敏郎 (やぎとしろう)氏
1952年生まれ。1974年多摩中央信用金庫入庫。2001年国際部部長、06年多摩信用金庫 常勤理事国際部長・資金証券部長委嘱、07年常勤理事 経営情報室長委嘱、09年常務理事、11年専務理事、13年より理事長。


M&Aは情報を蓄積するストックビジネス
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけすぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年より現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとうかずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループ代表。

多摩地域のメインバンク


  • (加藤)多摩地域の特徴・景況感はどうか。

  • (八木)当金庫の「たましん地域経済研究所」では年間4回、日本銀行の企業短期経済観測調査(短観)とほぼ同時期に、約1200社のお客さまからアンケートをいただいて、『多摩けいざい』という小冊子を作成し、各店舗に設置している。当金庫のお客さまは中小・小規模企業であり、例えば企業DIでも短観の数字より少し低い。それが直近の2018年12月末には小規模企業がプラスに転じたので、ようやく全般的には景況感が少し上向きになってきたと感じる。ただ、多摩地域の面積は東京都の約2分の1を占めるが、人口は3分の1程度であり、景況感のほか不動産価格・不動産取引の動向についても、東京23区とのタイムラグや格差を感じる。

  • (三宅)多摩地域には一定規模の都市が複数あり、中小企業も多いが、全国の他地域と比較すると、金融真空地帯だ。地方における地銀や、23区でのメガバンクや大手証券のような金融機関はない。融資や預り資産といった金融ビジネスの営業をする金融機関はあるだろうが、地元企業の問題解決という意味で貴金庫の機能は非常に重要だ。

  • (八木)年末に帝国データバンクから公表される「多摩地区企業のメインバンク調査」では、当金庫のメインバンク比率は23%近くであり、トップで推移している。当金庫にとっては規模の大きい年商10億円以上50億円未満の事業所でも、今回初めて3位になった。
    企業数でいえば当金庫のシェアは非常に高い。当金庫の課題解決活動がお客さまに評価いただいているのではないかと思う。まだ道半ばだが、職員が一生懸命に取り組んでくれたおかげだと思っている。今後、メインバンク比率は30%程度に向上させたい。

  • (加藤)そういった中で取引先企業経営者や事業者が抱えている課題や悩みは何か。

  • (八木)生産性の向上や将来の発展はもちろんだが、人手不足は深刻な状況だ。それに伴って、販路拡大や技術革新への取組みも進まない。また、経営者の高齢化も進んでいる。今後80歳頃まで働くようになると考えれば、70歳の団塊の世代でもまだ現役だが、社会構造の変化が激しい時代だから、早めに事業承継を考えていくべきケースもあると思う。

  • (三宅)地方では人口減少が著しく、特に就業人口である20~65歳が激減しているが、多摩地域は人口が増えている。それでも後継者がいない企業が増えているのか。

  • (八木)たしかに高度成長期以降、多摩ニュータウンなどに都心から人口が流入してきた。65年に約180万人だった人口は、80年には330万人、いまは425万人だ。
    ただ、経営者の平均年齢は、最新の調査結果では60・2歳となっている。また、高齢化率は80年には6%だったが、いまは25%程となっている。人口も、各種データを見ると20年頃でピークアウトしていくのではないかと思う。生産年齢人口も縮小していく。まだ恵まれているほうかもしれないが、全国のトレンドと大きくは変わらない。

  • (加藤)例えば多摩ニュータウンはその象徴か

  • (八木)多摩ニュータウンをこれからどう展開していくのかは行政にとっても切実な問題だ。昔のように都心から多摩地域に人口が流れてくることはない。埼玉・神奈川・山梨などから流入してくる社会増でかろうじてプラスになっているが、東京のベッドタウンという地位は低下してきた。

課題解決のためのプラットフォーム


  • (加藤)取引先のさまざまな課題に対してどのように支援をしているのか。

  • (八木)当金庫は全店で500名近い渉外人員を配置して、支店長以下、職員が一貫してお客さまの事業を積極的に支援している。また、2011年には、さまざまな知見を持つ地域内の専門家と連携するための「課題解決プラットフォームTAMA」を組成した。
    現在は約130名の専門家と連携し、経営課題に応じて専門家等・本部・支店が一緒にお客さまを訪問し、その解決を支援している。
    合併した06年に設置した価値創造事業部には現在約120名のスタッフを置いている。「20年先を見据えた地域の将来を考える」という合併のコンセプトに基づいて生まれた組織だ。信金では随一の布陣だと自負している。創業支援や成長支援にも取り組んでいるし、法人だけではなく、個人や地域の支援も担っている

  • (加藤)事業承継への対応についてはどうか。

  • (八木)価値創造事業部には事業承継の専門スタッフを4名置いており、内、1名はM&Aの担当者として活動している。また、全支店に事業承継の問題に対する取組リーダーを配置している。後継者が決まっていない場合はその背景や経営ビジョンも共有しながら、会社内外の人材発掘も検討していく。
    後継者が決まっていれば、明星大学と一緒に実施している「TAMANEXTリーダープログラム」を活用してもらう。1期当り約20名で、今年で12期目。1年に2回開催した年もある。さまざまな業種の同世代の後継者同士でネットワークもできる。
    M&Aのニーズも高まっている。支店の上位役席者を中心に本部と情報共有を進め、着実に情報量は増加している。

  • (三宅)価値創造事業部の担う役割のとおり、M&A支援だけではなく、成長支援や創業支援が非常に重要だ。いろいろな地方へ行くと、地方創生のためには中小企業の存続に焦点を当てるだけでは不十分だと感じる。やはり中堅・中小企業の上位の層に対して、事業性評価を実施して、成長戦略を一緒に立案することで、元気な会社を生み出す必要がある。さらに、地域経済の活性化のためには、何の業種でも良いので、若者が新しい考えやスタイルで創業することが重要だ。そのベースの上で、後継者が不在の企業をM&Aで引き継いだり、企業をさらに発展させるために成長戦略型M&Aを行うなどの戦略が重要だ。

  • (八木)やはり起業を絶やさないことが重要だ。放っておけば毎年何千という企業が地域の中で減っていく。そこで、2013年に「創業支援センターTAMA」を本部に設置した。また、多摩地域には50近い創業支援機関があり、以前はバラバラに活動していたが、当金庫が中心となって、創業支援セミナーを各エリアで、行政も一緒になって開催することにした。多摩地域の26市3町1村の行政機関のうち、3分の2とは一緒に地域活性化や創業支援に取り組んでいる。さらに、10年前に設置した「Winセンター」は、創業支援セミナーやビジネスマッチングのためにお客さまに利用してもらっている。

出向でビジネスモデルを担う人材を育成


  • (加藤)職員の人材育成の取組みについて。

  • (八木)当金庫のビジネスモデルを実現するための人材育成が不可欠だ。事業承継・M&Aの分野では、日本M&Aセンターと金融財政事情研究会の「事業承継・M&Aエキスパート」「同シニアエキスパート」も、職員には取得を推進していきたい。
    また、経済産業省や中小企業庁、内閣府、JETROなどへの出向も活用している。優秀な人材が2年ほど出向でいなくなるという負担はあるが、皆が成長して帰ってきて、お客さまに対する貢献度は高まる。
    多摩地域の行政とも1~2年のサイクルで人材交流をしている。当金庫から人材を派遣するだけでなく、行政の職員を受け入れて、創業支援やビジネスマッチング、別の市町村のまちづくり支援を担当してもらっている。取引先にも常時、職員が出向している。

  • (三宅)支店の職員の資格取得などを通じてすそ野を広げ、現場が問題意識を持って事業承継などに対応していくことが重要だ。窓口のテラーの担当者まで含めてアンテナを高く持っていただくためにも有効になる。
    出向では視点が高まり、視野も広がり、成長にレバレッジがかかるだろう。

  • (八木)出向先の機関も、出向者ではなく自分たちの職員として扱ってくれるから、実務を担う中で成長の機会を与えてもらっている。同世代との交流も多く、横のつながりも強くなる。

  • (三宅)当社も地域金融機関から常時30名ほどの出向を受け入れている。5月からは体制を変えて、出向者大学のような形を新しく構築する予定だ。従来どおり現場で、プレーヤーとして経験を積んでもらうのに加えて、もっとM&Aを体系的に学んでもらう。例えば、「集めてきた情報を管理してストック化する方法」「多くのニーズに対応して、生産性を高めて効率的に問題解決していくための手法」「M&Aの肝であるマッチングの考え方」などを学ぶために、いろいろな部門をローテーションしてもらう。
    最新のM&Aの手法や考え方をマスターしたうえで、最後に卒業レポートを書いてもらう。日本における地域金融機関の現状や当社の取組みを踏まえて、自金融機関にはどのような課題があり、どのように取り組んだらいいかをまとめ、自金融機関のトップや担当役員の前でプレゼンテーションしてもらうものだ。

  • (八木)実践的なビジネススクールのような取組みだといえるのではないか。

収益は副次的なもの


  • (加藤)今後のM&Aビジネスの位置づけや展開についてどのように考えているか。

  • (八木)ニーズが増えてくる中で、支店と本部が情報を共有して蓄積していかなければタイムリーな課題解決ができない。そこで、取引先の課題を営業店と本部が共有するため「課題共有シート」を作成し、課題解決に取り組んでいる。

  • (三宅)M&Aをフロービジネスととらえていると、案件を処理して手数料収入を得て、お客さまに喜んでもらっても、本業として組織的にサービスを継続することはできないし、収益も安定的に伸長させられない。実は、当社は、M&Aをストックビジネスだととらえ、情報を蓄積することの重要性に気付いてから急激に成長した。金融機関でも、ストックした情報の中から安定的に生まれる案件を解決していくことによって、地域への貢献も増えていくし、役務収益も確実に入ってくる。課題共有シートを活用するのは、まさに本流の考え方だと思う。

  • (八木)自金庫の収益を目的にしては絶対に長続きしないし、お客さまとの信頼関係も生まれない。本当にお客さまの将来を考えて、お客さまにとって必要なことをする必要がある。結果的に役務収益が上がったり、融資や総合取引が展開できたりするケースもあるだろうが、それは副次的なものだ。

  • (加藤)まさしく先義後利の精神だ。目標数値に関する考え方も変わってくるのではないか。

  • (八木)預金や融資をいくら伸ばすか、という目標を設定するのもそれぞれの金融機関の考え方だが、バブルが破綻して地域やお客さまに迷惑をかけたことを絶対に繰り返してはいけない。地域の将来の活性化や発展を考えるのは地域金融機関・協同組織金融機関としての使命だ。

  • (三宅)高度成長期であれば、シェア争いの中で少しでも多くの貸出を実行することが、お客さまのためにもなった。いまは高齢化や人手不足の中で、お客さまの課題解決に取り組むことによって、結果として資金やM&Aが必要になり、ビジネスの糸口が見えてくる。貴金庫の考え方は、地域金融機関のあるべき姿だと思うし、多摩地域の中核金融機関としての役割を、非常に高い志で果たしていると感じた。
    同時に、責任も重いのではないか。一般的には、複数の地銀や信金がある中で地域の課題に取り組むことが多いが、多摩地域では貴金庫が中心となって行政と連携し、中堅企業の成長戦略も考え、中小零細企業や商店の問題解決にも取り組まないといけない。地銀・信金含めた地域金融機関の役割をすべて担っているといえるだろう。

  • (八木)変化する社会・経済環境に対応した取組みは必要だが、根底を流れるビジネスモデル・経営理念はずっと変わっていない。今後AIやIoTがさらに進展しても、「お客さまのために何をするか」という目線は絶対に変わらないはずだし、変えてはいけない。

新本店を情報の発信基地に


  • (加藤)2020年には新本店が完成する。

  • (八木)本店を置く立川の将来の発展に貢献するための施策だ。また、多摩地域全域で当金庫の機能を発揮して課題解決に取り組むための情報の発信基地にしたい。それから、学術・文化の向上にも注力しており、1階には美術館を造る。土日も人通りを絶やさないような場所にしたい。
    当金庫は将来も23区内に支店を持つことは考えていない。この地域の中でしっかりと取り組んでいくための一つの精神的支柱が新本店となる。もちろん、地域のお客さまにとってより使いやすいことも重要だし、働く職員が誇りを持てるものにもしたい。

  • (三宅)経済と文化のプラットフォームとして、地域の中心になってほしい。当社にとっても多摩地域は真空地帯になっており、もう少し力を入れていきたい。23区の駅前でセミナーをやっても多摩地区のお客さまには来てもらいにくい。貴金庫と連携を深めて、できれば今年は多摩地域でセミナーを開催したい。後継者不在企業や、買収を通じてレバレッジをかけて成長していきたい中堅企業も多くあると思うので、地域の活性化につなげていきたい。

  • (八木)いい関係でできればと思う。