円滑な事業承継で維持可能な日本を 日本M&Aセンター◆[2019秋季]特別企画◆

〔週刊 金融財政事情 2019秋季合併号掲載〕

地方創生の実現に向け、地方自治体、民間金融機関との連携が重要
日本政策金融公庫 総裁 田中 一穂 (たなかかずほ)氏
1955年生まれ。79年大蔵省入省。2006年内閣総理大臣秘書官、11年理財局長、12年主税局長、14年主計局長を経て、15年に事務次官就任。17年12月日本政策金融公庫代表取締役総裁に就任。


「第二の創業」として事業承継を広めていきたい
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけすぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年より現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとうかずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部等を経て2011年取締役出版部長。13年より現職。きんざいグループ代表。

〝顔の見える関係〟を構築し民間金融機関との協調案件が増加


  • (加藤)日本政策金融公庫の総裁に就任してから民間金融機関との連携を進めてこられた。ここまでの手応えはどうか。

  • (田中)政策金融は、中小・小規模事業者や農林漁業者等のために政府が用意している政策を金融面でサポートしていくことだ。経済政策の手段の1つとして補助金や減税がよく知られているが、それらと横並びのものとして融資という手段がある。日本公庫では民間金融機関では融資が成立しにくい案件に対しても社会的な必要性を鑑み、比較的長期の資金を融資している。融資の際には当然、「その企業はどういう企業なのか」「政策的にこの融資が意味をなすのかどうか」といったことを検討しなければいけないが、それにはその企業の成り立ちから将来性まで、深く把握する必要がある。そこは民間金融機関のほうがよく知っている。民間金融機関が持つノウハウや知識に助けてもらいながら、中小企業支援や農林漁業支援を進めている。

  • (加藤)民間金融機関との協調融資も進んでいる。

  • (田中)特に融資規模が大きいお客さまには、日本公庫単独で100%を融資するのではなく、協調融資にするよう心掛けており、例えば、2018年度末時点で266の民間金融機関と366の協調融資商品を創設している。18年度の融資案件は国民生活事業、中小企業事業、農林水産事業の3事業合計で約29万件だったが、うち協調融資の実績は3万768件(前期比133・3%)、1兆2929億円(同172・3%)だった。
    日本公庫の事業は、民間金融機関としのぎを削るものではない。そのことを十分理解していただいたうえで、われわれを利用してもらうことが重要で、実際そのように考えて、「一緒にやりませんか」と声を掛けてくれる金融機関も増え始めている。じつは、前述した協調融資3万768件のうち、約1万3700件が民間金融機関からの紹介案件だ。そのうち約1万2300件は国民生活事業に区分される案件だが、中小企業事業の案件もけっこうある。中小企業事業では過去、民間金融機関と良い関係が築けていないケースもあったが、今は紹介案件が増えてきている。
    民間金融機関との信頼関係を醸成させるには、〝顔の見える関係〟になることが重要だ。金融機関としての個性は地方銀行、信用金庫、信用組合によってそれぞれ異なるし、地域によっても異なる。公庫との関係で見ても昔から仲よくお付き合いしているところもあれば、まだそこまでの関係になれていないところもある。本当の意味で理想的な関係になるにはもう少し時間が掛かるが、一歩ずつ進んでいきたい。

「継ぐスタ応援セミナー」などイベントを積極開催


  • (加藤)昨年度から政策の大きな柱として、事業承継支援に積極的に取り組まれている。

  • (田中)事業承継支援についてはまだ走り始めたばかりで、日本M&Aセンターさんのほうがずっと先行している。事業承継支援の話は企業規模で変わってくる。中小企業白書(2019年版)によれば、日本の企業はいま約359万社ある。年商10億円超の大規模先や中規模先は売上も企業価値も高いのでM&Aも商業ベースに乗りやすいが、年商3億円以下の小規模グループでは難しい。しかも、小規模先は子どもや従業員が事業をなかなか継いでくれないケースが多い。日本公庫としてもできる範囲でしっかりとサポートしたい。例えば、豆腐を販売するのが従来の豆腐屋ではなく、スーパーやコンビニになり、多くの消費者は「まあそれでもいいか」と思いながら豆腐を買うようになっているが、「昔ながらの豆腐屋の味」という価値を求めている人もまだ大勢いる。そういう商品や技術は日本社会のなかにしっかり残していきたい。

  • (三宅)当社と包括提携を結んだ高知県では、高齢化が非常に進んでいる。高知県は観光立国なので、古きよき商店街のなかから商店がなくなり〝歯抜け〟のようになると、観光立国としての価値・魅力が下がってしまう。高知県に限らず、地方へ行くとクルマを自社で10台も持っていないようなタクシー会社があったりする。バスにしても、1日1回しかバスが来ないような地域もある。しかし、そういう会社やサービスがなくなってしまうと、その地域のコミュニティーが崩壊しかねない。

  • (田中)公庫が実施したアンケート結果を使って推計すると、約359万社の企業のうち廃業予定の企業は年商10億円超の企業で10・2%、年商3億円超の企業で24・1%、年商3億円以下の企業で53・3%となっている。後継者未定企業まで合わせると約257万社が次世代に経営資源を引き継げない計算になる。地方創生や事業承継はもう国全体で考えないといけない問題だ。
    そうしたなかで、面白い事例を紹介したい。後継者問題に直面している高崎市内の飲食店等を「絶メシリスト」として紹介した取組みで、聞くところによると、高崎市長が市の職員に「君たちが利用している美味しいお店で、後継者がいないところを全部リストアップしろ」と声を掛けたそうだ。大手広告代理店に協力してもらい、「顔を出してもいい」という店主らを登場させるなど工夫した。チラシやサイト内には「食えなくなっても知らねえよ~」というユニークな文言も踊る。このサイトが先般、フランスの「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」のメディア部門で銅賞を受賞し、テレビや新聞などが取り上げた。
    また、日本公庫では今年7月30日、「後継者不在企業の事業を譲り受けスタートする(略称「継ぐスタ」)」という創業形態を普及させる目的で「継ぐスタ応援セミナー」を東京・丸の内で開催し、約100人に集まっていただいた。その模様を報じたのがTBSで、日本公庫のお客さまでもある岩手県の精肉店を親族ではない第三者が承継する事例を番組内で取り上げてくれた。

事業承継の「現実」を直視すべき局面


  • (加藤)マスメディアに取り上げられると事業承継のイメージも変わるのではないか。

  • (田中)日本公庫は、第三者に事業を譲ってもいいというお客さまと、事業を引き継いで商売をしたいというお客さまのマッチング支援に取り組んでいる。そうすることで、販売先や仕入先のほか、販路や設備、従業員など、事業を営むうえで必要な経営資源をそのまま承継できる。ただ、事業を譲ってもいいという人の手がなかなか挙がらないのが課題だ。ある地銀の頭取も先日、「商売をやめたい、譲ってもいい、という人のデータが集まらないのが困る」とおっしゃっていた。
    語弊があるといけないが、商売をやめるならば、100万円でも200万円でもいいからお金をもらってやめたほうがいいに決まっている。しかし現状では、やめるだけではむしろお金が掛かったりするし、そのことが意外に知られていない。そういう生の情報がこの国にもっと溢れることが重要だ。

  • (三宅) 廃業の際には原状復帰費用の支払いやリース残の精算にかかるお金などが必要になる。100万円でも200万円でもいいので企業を買ってもらえたら、そうした金銭的な負担がないので本当に助かる。開業するほうも、総裁がおっしゃられたように初期費用を抑制できるうえ、お客さまも引き継げて、双方がウイン・ウインになる。

  • (田中)TBSが取り上げてくれた岩手県の精肉店の事例では、事業を譲渡した前店主自身がテレビカメラの前で「(この事業承継は)大成功」と満足感を示していた。その精肉店はローストチキンが有名で、その味を残すこと、店名を残すことなど、いくつか承継の条件を出していたが、引き継ぎたいという若い人がそれを承諾した。ローストチキンのつくり方を学ぶために何カ月間か修業に入られたという話も聞いた。そういう好事例がたくさん出てくると、商売を畳もうと考えている人も「俺も事業承継をしようかな」という気持ちになる。飲食店なら、どの方も味や技術や理念を受け継いでほしいと願っている。買い手がそれを受け止めるには売り手と人間的に合わないといけないし、2人で汗をかく時間も必要だ。ここは大事なポイントだ。

  • (三宅)当社はこれまで、中小規模の会社を中心にM&A支援を行ってきたが、「商店さんなど小規模企業を何とかしてほしい」という声がたくさん届いている。じつは米国ではずいぶん前からインターネットを使って安い手数料でM&A支援をするのが活発で、その手法を日本に持ち込めないかと我々も6~7年間研究してきた。それでいま、M&A・事業承継・事業譲渡のプラットフォーム・マッチングサイト「Batonz」(バトンズ)を子会社が運営している。登録者は急激に増えている。

  • (田中)精肉店の事例のように双方が笑顔でテレビやポスターに映る事例はまだまだ少ない。それが増えていき、情報が表に出てくるとみんな自信や元気が出てきて「売ることは恥ずかしいことでも何でもないんだ」と考えられるようになる。
    それは、地方創生が国策として出てきたからだろう。コンサルティング会社に地方創生の計画を丸投げしてスキームをつくってもらっている地方自治体もある。それがダメというわけではないが、それではなかなかうまくいかない。
    例えば、成功しつつあるのが高知県だ。高知県では県内をいくつかのエリアに分け、そこに県の部長クラスを配置しているという。高知県は四国というより日本のなかでも高齢化が進んでいるといわれているので、危機感が他の県とは違う。
    地方創生を考える場合には「働く場所」を無視してはいけない。働く場所は「その地域の付加価値・売上」といえる。働く場所を元気にする・潰さない・うまく承継するという世界にすることが地方創生に直結する。それを実現するには、地方自治体、民間金融機関、事業引継ぎ支援センター、日本公庫などがより一層連携しないといけない。
    そこで、日本公庫ではいま県知事訪問に精を出している。「おたくの県にはこんな面白い農業があります」「このように頑張って事業承継をしている人がいます」といった情報を知事に伝え、宣伝してもらいたいからだ。すでに17県くらい回った。もちろん、民間金融機関にも足を運んでいる。18年度は200先くらい回った。経営幹部同士が会うと、現場が仕事をしやすくなる。

事業承継税制の改正が「第二の創業」を後押し


  • (加藤)昨年、事業承継税制の説明会が各地で開催された。経営者の課題や悩みなどを色々とお聞きになったと思うが、今後どのような支援をされていくのか。

  • (田中)昨年から18年度の税制改正を説明するために全国135カ所で説明会を開催し、9000人くらいに集まっていただいた。その際、民間金融機関にもお声掛けし、そのお取引先にも参加していただいた。税制のすべてを分かっていただくことは困難だが、自分たちにとってメリットのある税制ができたんだ、ということは知ってもらえたと思う。経済産業省は19年度、高齢で後継ぎのいない中小企業経営者が親族以外の第三者に事業承継しやすくするため、包括的な支援パッケージを新たに設けて、20年度から取組みを抜本強化する方針を固めている。これも大きなきっかけになるはずだ。日本公庫としてはそうした情報を広めることが大切だと考えている。

  • (三宅) 中小・零細企業の社長は技術者や料理人、営業マンあがりが多く、経営管理系の人材が少ない。ほとんどの社長は前向きな話ならすぐに進めようとするが、「事業承継のことを考えないといけない」「健康診断に行かないといけない」といった〝守り〟に弱い。事業承継の重要さについてはみなさん十分理解されているが、どうしても先送りしてしまう。でも日本公庫さんが説明会やセミナーを頻繁に開催してくれるので、「これはいま考えないといけないのだな」と思えるようになってきている。

  • (田中)もう1つ考えないといけないのは経営者保証の問題だ。現状、個人保証の問題は事業承継の大きなネックになっている。50歳くらいまでサラリーマンとして仕事をしてきて、いきなり社長から「会社を継ぐか」といわれた場合、どうなるだろうか。
    例えば、番頭さんが実力的には継げると思っても、会社の借入金が2~3億円、それに連帯保証等が付いてくるとなれば、男気で「やる」といってもその奥さんは嫌がる。中小企業のケースで社長の年収が1000万円だとしても、それに1億~2億円の連帯保証が発生するというのでは、承継は難しいと思う。経営者保証による心理的負担が軽減されていくと、一段と事業承継が進むのかもしれない。

  • (加藤)最後に地域活性化における事業承継・M&Aの位置づけをどう考えているか教えてほしい。

  • (田中)事業をうまく承継することができれば、企業にとって新しいアイデアを取り入れるなど経営革新の好機となり地域の活力を生むきっかけになる。後継者は海外進出や異業種連携など新しい切り口の企業運営を進められるし、それが地方創生につながる。事業承継にはネガティブなイメージがつきまとうが、 高崎市の 「絶メシリスト」 ではないが、 明るいイメージを取り入れていくべきだ。

  • (三宅)当社では事業承継を「第二の創業」と位置付けている。事業承継を機にその企業もその地域も元気になっていくからだ。会社をつくり、存続させ、第二創業をしてもらう。それができる人こそ成功者なんだというイメージ、文化をつくっていきたい。日本公庫さんには「地域活性化の中核的存在」になっていただきたい。

  • (田中)地方創生に向けて日本公庫としても力を尽くしていくが、やはり地域のことをよく知る地域金融機関がリーダーシップをとって、地域をけん引していくことが求められる。新しい世界に手を出し、相応のリスクを取って欲しいし、そのときには日本公庫を大いに使っていただきたいと思っている。