地域の中堅企業を活性化させるための上場支援サービスに尽力 日本M&Aセンター◆特別企画◆

〔週刊 金融財政事情 2020 02.24号掲載〕

TOKYO PRO Marketの活用で、企業のステップアップの道筋を確立したい
株式会社東京証券取引所 常務取締役 小沼 泰之(こぬま やすゆき) 氏
1961年生まれ。84年東京証券取引所入所。国際企画部、上場部、上場推進部などを経て、11年4月執行役員兼上場推進部長。16年4月常務執行役員(上場推進部・株式(クライアントRM)担当)。17年4月から現職。上場・上場推進担当として、国内外の企業の新規上場、上場企業の企業価値向上に向けたプロモーション活動を統括。


47都道府県でスター企業を育てたい
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年より現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとうかずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部等を経て2011年取締役出版部長。13年6月より現職。きんざいグループ代表。

活性化しつつある日本のIPO市場


  • (加藤) 最近の証券市場を取り巻く特徴的な動きは何か。

  • (小沼) 最近ではAIを駆使した最新テクノロジーが話題になっているが、証券界もグローバルな環境変化や技術革新が進んでいる。私どもJPXも、ステークホルダーとの一層の協力や新たなパートナーシップを通じ、誰もがあらゆる商品を安心かつ容易に取引できる取引所への進化を目指し、プラットフォームの整備を進めている。証券市場の運営、とりわけ売買において重要なのは、バランスのとれた投資家構成を保ち、高い流動性を維持していくことだ。あらゆる投資家がアクセスしやすいプラットフォームをつくることが私どもの重要なミッションの1つだ。
    東証の日々の株式売買代金は2?3兆円台であるが、その6割以上を占めているのは海外投資家となっている。海外投資家は短期目線で株式の売買を頻繁に行う印象をもたれる方もいるかもしれないが、海外の年金基金など、中長期目線の投資家層が海外投資家の3割程度を占めている。この投資家層は一度株式を買ったら長く保有するタイプの投資家であり、日本企業の業況改善やコーポレートガバナンス改革の進展など、企業価値が向上していくことについて関心が強まっている。
    多様な投資スタイルの海外投資家が増えていることはありがたいが、国内の投資家にも目を向けて、日本の機関投資家が日本企業との対話を深く進めていける土壌や、個人投資家が「人生100年時代」のなかで応援したい会社の株式を売買し、中長期目線で投資する土壌、投資家が身近な地域企業を支えるための土壌もしっかり醸成していきたい。
    そうしたなか、日本の個人投資家は、特に株式投資をまだ「怖いもの」と見ている面がある。私どもとしても金融・経済の教育を通じて株式投資の意味合いをより深く知っていただきたい。最近は若い世代を中心に資産形成への関心が強まっており、人生100年時代の資産形成をテーマにしたセミナーはすぐに満員になる。証券市場の理解促進に努めていきたい。

  • (加藤) IPOの足元の状況はどうか

  • (小沼) リーマンショック後はIPOが20社を切る時期もあったが、証券会社をはじめIPO関係者の努力によって、近年は年間で90〜100社程度のIPOが実現している。これは、プロ投資家向けの取引市場「TOKYO PRO Market」(TPM)への上場を含めた数字だ。
    IPO全体の約3割を占めるのは、東京以外に本社を置く会社だ。19年は東海・名古屋地区の会社が比較的多かった。年によって地域のばらつきが多少あり、九州と関西は例年活況だ。北海道、北陸、中国、四国も毎年一定数のIPOが実現している。あとは東北がもう少し頑張ってくれるといいと思っており、いま上場支援活動に力を入れている。

  • (加藤) 業種の特徴などはあるか。

  • (小沼) 業種分類の中で比較的多いのはサービス業だ。サービス業のなかでも傾向的にはIT関連の会社が多い。人材派遣、教育、介護など人に関連する会社の比重も上がっている。IT関連でいえば、19年は名刺管理サービスを展開するSansan(サンサン)、クラウド会計ソフト等のERPサービスを展開するフリー、クラウドファンディングのプラットフォームを運営するマクアケなどが話題を呼んだ。
    日本ではバイオベンチャーのIPO数が少ないとの指摘があるが、最近3年間はバイオベンチャー企業も毎年上場しており、盛り上がってきている。特徴のある会社が少しずつ出てきて、バラエティーに富んだ雰囲気になっている。

事業承継問題にも関心、本則市場と異なるTPMのメリット


  • (加藤) 地方創生を成功させるためには、企業をしっかり存続させたり、企業を成長軌道に乗せてIPOを目指したりする動きが欠かせない。

  • (小沼) これは日本M&Aセンターの尽力の賜物でもあるが、色々な地域の人たちが事業承継問題やIPOに強い関心を向け始めている。各地域でUターンして家業を継ぎたい、地元の発展に貢献したい、という若者も増えてきている。会社が成長してIPOを実現すれば外部の第三者によって評価され、経営の透明性や信頼感がぐっと高まる。優秀な人材が自然と集まり、事業展開や事業承継がスムーズになる。
    世界的にはIPOは資金調達を目的にしているのが一般的だが、日本においては資金調達だけでは評価できない価値、例えば、知名度や信用度の向上にIPOの価値を見出している経営者が多くいる。

  • (三宅) 団塊世代が70歳を超え、民間調査会社の調べで日本の後継者不在企業の比率が全体の66%を超えるなど、これまでは中小企業の廃業・事業承継問題が大きなテーマだった。当社も、廃業を抑えようと努力してきた。しかし廃業を抑えるだけでは地域は元気にならない。中堅企業が成長戦略によって元気になっていくこと、そして地元にスター企業が生まれることが大事だ。
    47都道府県を回っているが、各地域は教育熱心で、素晴らしい教育を受けた若者が大都市圏の大学へ進む。しかし、そのうち故郷へ帰ってくる比率は低い。それは、輝くスター企業や成長企業が地元に少ないからだ。「20代のときに社員100人、30代のときに300人、40代のときに500人」というような元気な企業があれば、優秀な若者が地元に戻ってくるはずだ。
    そういう企業を47都道府県で育てていくなかでIPOは非常に大きな意味を持つ。企業が上場すると成長のスピードががらりと変わる。「東証に上場している」という事実で信用力が高まるし、人材の質も変わる。未上場の中堅企業だとなかなか人が来てくれないが、上場した瞬間に多様な人材がどんどん集まるようになる。
    地域の中堅企業がいきなり本則市場(東証一部と東証二部)に上場するのは容易ではないが、いまはTPMがある。TPMは本則市場やマザーズ、ジャスダックとは異なり、独自の制度や基準を有している。ユニークなのは、株式の流動性に関する形式基準が一切なく、オーナーシップを維持したままでも上場できたり、上場の指導・審査・モニタリングを「J-Adviser」(Jアドバイザー)が一貫して行うという点だ。これは中堅企業やそのオーナー社長にとって最高の制度だと思う。

  • (小沼) 私どもでは伝統的に、上場審査において「高い流動性があること」「社会に大きく開かれていること」「所有と経営がしっかりと分離されていること」といったところを重視してきた。しかし、いま直ちに「所有と経営の分離」といっても、そう簡単に割り切れない地域の中堅企業もあるのではないかと思う。
    そういう企業がファーストステップとしてTPMに上場し、日々上場企業としての社会的責任を実感しながら成長軌道を描いていく、そういったプロセスを踏むという選択肢もある。

TPMや上場の魅力について啓蒙活動に尽力


  • (加藤) TPMの活性化に向け、今後の課題は何か。

  • (小沼) TPMで直接買付けができるのは、いわゆるプロ投資家(金融商品取引法に定められる特定投資家及び非居住者)に限られる。
    一般投資家(一定の要件を満たす個人などは除く)が参加できない分、機動性・柔軟性に富む市場運営の実現を目指しているが、新しい市場なので投資家層の厚みがまだ足りない。TPMに参加できる投資家と参加できない投資家の振り分けなどを含め、証券会社の環境整備も十分ではない部分もある。まずはコンスタントに売買される仕組みを早く構築したいと思っている。

  • (加藤) 地域の証券会社や地銀の証券子会社、監査法人もTPM活性化のカギを握るのではないか。また、地域金融機関との連携はどうなっているのか。

  • (小沼) 地域の会社がTPMに上場したときに、取引先など、その会社をよく知っている周囲の人たちが株式を売買して輪が少しずつ広がっていくといいなと思っている。そのときに地域の証券会社や地銀の証券子会社が果たす役割にも期待を寄せている。また、TPMの活性化には監査法人も重要なプレイヤーだ。私どもでもいま、さまざまなプレイヤーにTPMの意義をお伝えするための勉強会を行いながらコミュニケーションを深めている。
    地域金融機関との関係についていえば、11行の地銀とはMOU(基本合意書)を締結し、協調してIPOの推進活動を実施している。M&Aについては地銀でもかなり態勢を整えているので、「M&Aの延長線上で最終的にIPOするチャンスがあるのではないか」という考え方で検討していただいている。意欲的な地銀は、私どもの上場推進部に若い人材を出向者として派遣してくださっている。
    「地銀に戻った人材が地元で顧客を開拓し、具体的にIPO案件を手掛ける」というケースが近いうちに出てくると期待している。

  • (加藤) そんななか、日本M&Aセンターは、TPM上場希望会社の上場審査や上場後の情報開示サポートを実施するJアドバイザーの資格を取得された。どのような思いや狙いがあるのか

  • (三宅) 繰り返しになるが、地域の活性化や地方創生を考えるときには中小企業・零細企業の廃業を抑えるだけではダメで、それにプラスして、中堅企業の成長戦略を描くことやスター企業を育成することが必要だ。私どもはそれを具現化するために資格を取得した。
    全国の地銀・信金も同じ思いを共有してくださっている。だから、「TPMを一緒に盛り上げましょう」という話をしている。先日、九州の地銀とセミナーを開催したときも大変な熱気だった。さまざまな体験談をお話したら、セミナー終了後のアンケートに「TPMに上場したい」「マザーズに上場したい」といった声が溢れた。
    さらに19年は、JPXの協力をいただいて、中堅企業の経営者向けの東証見学ツアーを開かせてもらった。これは、IPOを活用した成長戦略の勉強会と取引所内の見学会を通じて、経営者に自社の将来像を具体的に描いてもらうための催しだ。中堅企業の経営者からしたら、東証は夢の御殿のような場所だ。回転する電光掲示板で有名なマーケットセンター、大納会や大発会はテレビの向こう側の光景だ。しかし現地に足を運び、自分の目で見ると“実体感”が出てくる。企業が上場を果たすと、五穀豊穣にかけて鐘を5回つくのが恒例行事だが、自分で鳴らす社長もいれば、協力してくれた役員といっしょに鳴らす人もいる。そういう生の話を経営者が自ら聞くと夢が広がる。地元が活性化し、付き合っている協力会社や得意先が成長すれば、地域金融機関も資金供給が可能になる。
    Jアドバイザーになってできることの1つは啓蒙活動だ。47都道府県を回り、地域の金融機関と一緒に正しい情報を伝えていく。証券市場と企業とのパイプ役になり、「TPMで成長してマザーズやジャスダックに上場したい」という人の数を増やしていくのが私どもの使命になると思う。

地方創生に資するTPMという選択肢


  • (加藤) 地域の中堅企業を地方創生の主役にするための東京証券取引所の施策についてはどうか。

  • (小沼) 今後、日本は大都市圏集中型のモデルから多数の地域経済圏に分散していくモデルに変わっていくと思っている。社会で更なるIT化が進めば、会社の会議もある程度リモートでできるようになる。「生活圏が分散して豊かになり、そこでのイノベーションが進む」という社会を実現させるべきだし、各地域にはそういう魅力のある地元の特産、資産がたくさんある。JPXでも、13年に東京と大阪の証券取引所が経営統合し、白地から「何をするべきか」ということを議論している。上場企業は雇用の受け皿であり、特色のある地域経済圏をつくることにもつながるため、IPO推進は重要である。引き続き、各地の金融機関や大学などとの連携を深めていきたい。

  • (三宅) 昨年12月23日、TPMに上場していたglobal bridge HOLDINGS(グローバルブリッジホールディングス)が約2年で東証マザーズに上場した。社長とお話をしていると、保育園などの経営を多店舗展開していて、上場するまで信用力がなく、土地も借りられなかった。ところが、TPMに上場すると土地も借りやすくなり、急成長した。M&Aも、いろいろな会社が案件を持ってきてしやすくなっているという。TPMに上場することによって信用力と透明性、成長力を身に着けてマザーズに上場できている。

  • (小沼) TPMは、地域の中堅企業が上場会社としての経験を積むような位置づけ、あるいはより早く社会からの信用を得て事業を加速させる位置づけにもなる。とりわけ日本M&Aセンターや地銀など、地域の活性化に取組んでいる皆さまと協力して、TPMが地方創生に資するインフラとして機能するようにしていきたい。
    私どもとしては、地域の中堅企業のステップアップの道筋を確立するようなプラットフォームとしてTPMを提供し、より多くの、バラエティーに富んだ企業にTPMを上手く活用し成長していって頂きたい。

  • (三宅) TPM市場が賑やかな市場になり、企業同士が切磋琢磨し、質のいい企業がきちんとマザーズ・ジャスダックに上場するような流れになれば、マザーズ・ジャスダックの質もまた上がっていく。

  • (小沼) 東証の市場構造は東証一部の上場企業社数が最も多くなっており、逆三角形型になってしまっている。それが決して悪いわけではないが、TPMが一番大きな裾野となり、そこから成長し、投資需要の高い会社が東証一部にステップアップしていくという「三角形」に近づいていくと良いと思っている。誤解を恐れずに言えば「TPMにいる間はトライ・アンド・エラーの部分があってもいいじゃないか」と思ってもらってもいいかもしれない。日本の社会は、保守的なところがあるかもしれないが、若い事業家には是非、チャレンジをして欲しい。

  • (三宅) TPMに上場後、場合によっては引き返すことも選択肢の1つ。例えばマザーズに上場し500〜1000人規模の株主ができたとすれば、上場をやめるのは簡単ではなくなる。上場すれば適時開示が必要になるが、戦略的にディスクローズするのに向いていない業界・企業もある。TPMを上手く使う企業が増えていけばいいと思っている。