SDGs・ESG時代における新たな地域活性化への施策 日本M&Aセンター◆特別企画◆

SDGs・ESG時代における新たな地域活性化への施策 〔週刊 金融財政事情 2020 03.30号掲載〕

プラットフォームを整備して「産業の芽」を育む
広島銀行 頭取 部谷 俊雄(へや としお)氏
1960年生まれ。83年広島銀行に入行。02年吉島支店長、05年営業統括部営業企画室長、08年広島東支店長、11年総合企画部長、13年執行役員本店営業部本店長、15年常務執行役員本店営業部本店長、16年取締役常務執行役員などを経て、18年6月から現職。


地域経済全体を見渡し、ベストプラクティスの問題解決を
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年より現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。

[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとうかずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部等を経て2011年取締役出版部長。13年6月より現職。きんざいグループ代表。

取引先の規模やニーズに応じた課題解決を


  • (加藤) 全国各地で人口減・事業者数減が続いている。地方創生についてはどのようにお考えか。

  • (部谷) 人口減は避けて通れない問題だ。また、われわれは地元4県(広島、岡山、山口、愛媛)と位置付ける現在の営業基盤を大事にし、地域軸を広げるつもりは全くない。地元4県の県内GDPは合計約31兆円あるが、現状のままでは右肩下がりになる。したがって、地方創生の取組みが極めて重要と考えており、現在推進中の中期計画の三本柱の1つにも掲げている。
    よく申し上げることだが、銀行が単独でできることはそう多くない。観光振興や創業・スタートアップ支援など、行政や事業会社、諸団体を始めとした同じ思いや方向性を持つ地域の関係者の方々を1つにまとめ上げること、つまり、地域におけるプラットフォームをつくり上げることが私どもの仕事になる。

  • (加藤) 地方創生関連ではどんな動きが出てきているのか。

  • (部谷)  観光振興でいえば、瀬戸内を囲む7県の行政、事業会社、金融機関が一体となって運営する「せとうちDMO」を活用して交流人口の増加を図り、県産品をはじめとする地域資源を販売するなどの動きがある。新規事業の創出という観点でいえば、「広島オープンアクセラレーター2019」というプロジェクトがある。これは、プロジェクトに参加する広島県内企業の経営資源と全国のスタートアップ企業の特徴的なサービスを結びつけ、参加企業の新規ビジネスの創出を図るものだ。そうした動きが円滑に進むよう的確な仲介を行うのが私どもの役割だ。地域の産業の芽を育むことや地域の雇用を維持することが、今後何年かの大きな任務になると認識している。

  • (加藤)  今年10月を目途に銀行持株会社体制に移行することを検討されている。あらためて、その狙いについてお聞かせいただきたい。

  • (部谷) 申し上げたとおり、地域軸を変えるつもりはない。ただ将来を考えると、規制緩和が進みつつあるものの、従前の銀行業務だけでは多様化するお客さまのニーズに対応し切れない、との思いがある。規制の範囲内で業務を拡充し、お客さまのさまざまなニーズに対応していきたいと考えている。
    現在、私どもは7つの子会社を持っているが、銀行業務が一番に来て、子会社機能の活用は二の次になっている。従業員がもっと自然に「子会社の機能や会社間のシナジーを有効的に活用し、持株会社として利益をきちんと計上していく」と考えられるよう、意識改革をしていきたい。そうした思いから、持株会社体制への移行を検討することにした。

  • (加藤) 取引先の経営課題を解決する取組みの一環として人材紹介業にも参入されているが。

  • (部谷) 人材紹介については、子会社をつくらず、当行法人営業部内で業務を行っている。始めたばかりで、まだまだこれからという段階だが、事業承継にも絡む人材紹介業は極めてニーズが高い。人材紹介のみならず、将来的には人材派遣業への参入が解禁される可能性もあるので、子会社をつくるのも選択肢の1つかもしれない。ストラクチャー構築は難しいがニーズが極めて高いことは間違いなく、積極的に対応していきたいと考えている。

  • (加藤) 事業承継・M&Aを通じて企業を存続させたり競争力を高めたりする取組みを先進的に行ってきた。頭取としてこの間の流れをどう評価しているのか。

  • (部谷) 他行に比べてその取組みが多少早く、そのぶんだけ経験やノウハウが蓄積された、という面はあろうかと思う。とはいえ、現在のマーケットニーズに完全に対応できているのかといえば、まだまだだろう。後継者問題のニーズが高いのはデータ上からも明らかだし、地域から企業が存在しなくなるという状況はあってはいけない。したがって、後継者問題や創業・スタートアップ支援については今後も積極的に対応するべきと考えており、最重要施策の1つといってもいい。
    このため、先ほどの「広島オープンアクセラレーター2019」による新規ビジネスの創出に加え、後継者不在企業やベンチャー企業への出資を通して、円滑な事業承継や事業育成につなげるため、本年4月、ファンド運用や取引先などの株式取得を専門に手掛ける投資会社「ひろぎんキャピタルパートナーズ」を設立し、業務軸を拡大していく。

  • (三宅) ニーズの高さは私どもも実感している。19年7月に、広島市や三次市を含め、中国・四国・兵庫エリアの20カ所でセミナーを開催させていただいたが、申込者は3600人強に上った。「産業はあるが、後継者がいない」ということを痛感している企業が多いからだ。20カ所を回ってみて改めて思ったのだが、山間部などでは零細企業や個人商店も残していかないと地域基盤が崩壊しかねない。そうした地域については、当社子会社であるバトンズがインターネットを活用してマッチングを行うなどしているが、「じゃあ零細企業や中小企業を残すだけで地方創生が実現するのか」といえば、そうとはいえない。もう少し規模の大きな中堅企業が成長戦略によって元気になり、優良企業が上場などを通じて“スター企業”化していかないと、優秀な人が地元に戻ってこない。個人商店、零細企業、中小企業、中堅企業、優良企業といった各レイヤーにしっかりと目配せしていくことが地方創生の肝だ。
    その意味で広島銀行さんは非常に大きな可能性を秘めた銀行だと思う。16年前、他行に先駆けるかたちでM&A支援の業務を始め、レベルの高い案件を手掛けてこられた。経験値は地銀トップ級だ。今後、地方創生を大きく前に進めてくれるのではないかと期待している。

大事なのはリレーションとソリューション


  • (部谷) バイ(買い手)サイドと話をしていると広島県内にも良い企業がたくさんあることがよく分かる。ただ、現状のビジネスモデルの延長線上に確かな成長戦略を敷いている企業は、広島を含め、全国的にもそう多くない。そういう意味で言えば、各企業が「将来に向けて、いまどうあるべきか」を考えるうえでM&Aは有効な選択肢の1つになり得る。
    M&Aの成否の鍵を握るのは情報量とタイミングなので、私どもの立場からするとより多くの情報を取引先に提示することが重要になるが、全国の情報を十分に持っているとはいえないので、日本M&Aセンターさんなどから情報提供をいただきながら、バイサイドとセルサイドの双方を良いタイミングでうまくマッチングさせていくことが大事だ。地域内で完結したいというのが本音だが、私どもがいくら「地域内で」といっても取引先にとってはそれがベストではないケースもある。そこは個別の案件について「何がベストか」を考えながら、そのときどきで最善と思われる方法を提示することが大事だ。いずれにしろ、私ども単体であらゆることに対応していくのは難しいので、アライアンスのなかでどう対応していくのかという視点も求められる。

  • (加藤) 専門人材の育成などもこれから必須になる。

  • (三宅) 広島銀行さんとは、03年にトレーニーとして来ていただくなど昔から良い関係を構築させてもらっている。私も当時、現場の人間だったので、そのかたといっしょに営業をし、経験を積んできた。価値観や考え方を共有しているので、仕事がしやすい。専門人材の育成という点でいえば、私どもではいま出向者向けの「M&A大学」をつくり、M&Aのノウハウを伝えている。M&Aは地方創生に活用できるだけではなく、収益事業の1つにもなり得るので、ストックビジネスとして情報やノウハウを蓄えていくことが大事だと思っている。

  • (加藤) 日本M&Aセンターの役割がますます重要になりそうだ。

  • (三宅) セルサイドに関しては、何でもかんでも成約させたらいい、とはならない。たとえば、A社とB社とC社のうち、C社は事業承継問題で困っている、というケースがあったとする。このケースで「どこでもいい」といって東京の大資本に買ってもらうと、東京の大資本がC社の地盤の広島で大暴れし、地場のA社とB社が消えてしまう、という事態になりかねない。
    そうした予想図を頭に入れつつ、C社をB社の傘下に入れるべきなのか、A社と合併させたほうがいいのか、あるいは他の地区の傘下に入るのがいいのか、といったことを検討しなければいけない。広島経済全体を見渡して何がベストプラクティスになるのかを考え、外部に相談しながら問題解決を図ることが大事になる。現状では、そのレベルの考え方をしている銀行さんはまだ少ないように思う。

  • (部谷) 事業承継やM&A支援など、私どもとしては積極的に取組んでいるつもりだが、お客さまから「ひろぎんがそんな業務をしていたのか」といわれることがある。認知度がまだ低いということだ。営業店単位でセミナーを開催したり、関連会社でもセミナーを主催したりしているが、お客さまからご相談をもっとたくさんいただけるよう、各種チャネルを使って認知度を高めていく必要がある。

  • (三宅) 認知度を高めることは非常に大切だ。銀行が事業承継・M&A支援を行っていることを知らない人たちもいる。銀行もしっかりアナウンスしているのだが、経営者がそのニーズを感じていないときにはそのアナウンスが耳に入ってこない。支店長からすれば「社長に1回いったのに」との思いもあろうが、頻繁にいわなければ認知してもらえない。頻繁にいっていれば、いざタイミングがきたときに「そういえば何々銀行さんが取組んでいたな。じゃあ、頼もうか」となる。

  • (部谷) この手の話は、セルサイドにとっては極めて重い。誰彼に明かすような話ではない。私どもからすれば、日ごろのリレーションが大事だと考えている。銀行自体の信頼感や、支店長とのリレーションがないと、この手の話はご相談いただけない。私はよく「大事なのはリレーションとソリューション」と申し上げている。地方の場合はソリューションだけでは難しい。リレーションという土台のうえにソリューションがあって初めて成り立つ世界だ。2つを並行して強化していく必要がある。

新しい時代に対応するために自らも変化


  • (加藤) ESG金融(環境、社会、企業統治という非財務情報を考慮して行う投融資)の促進を目的に環境省が実施する2事業(地域ESG融資促進補給事業、地域におけるESG金融促進事業)の指定金融機関として中国地方で唯一採択を受けた。この分野についての取組状況を教えていただきたい。

  • (部谷) ESGやSDGs(持続可能な開発目標)、そして働き方改革などは組織が今後活動していくうえでの絶対条件だ。その世界で一番になる必要はないかもしれないが、一定水準以上のものを備えておかないと社会的責任を果たせない、社会から認めてもらえない、という時代になっている。
    「銀行グループとして何をするべきなのか、従業員自身が何をするべきなのか」を考え、ESGやSDGsの考え方を地域内に浸透させていくことが肝要だ。ESGに関する特別融資やSDGs私募債など、さまざまな取組みを進めている。ただ、必ずしも先進行とはいえないので、今後も力を入れていきたい。

  • (加藤) 昨今のデジタル化の流れやデジタルトランスフォーメーション(DX)についてはどうお考えか。

  • (部谷) デジタル戦略にはいくつかの観点がある。まず、お客さまにとっての銀行店舗の位置付けや決済手段が大きく変わるなか、それに変わる顧客接点をどう持つのかという観点がある。できるだけ人手を掛けず、それをどう効率的に持つのかという経営上の観点もある。また、新たな価値をどう創造していくのかという観点もある。これは実際にやってみないと分からない世界だが、私どもではデジタル化の流れは避けて通れないと考え、19年4月にデジタル戦略部を新設し、さまざまなことに挑戦している。
    ただ、この話では「どこでやめるか、どこで見切る
    か」という視点も必要だと考えている。物事の創成期というのは何でもそうだが、だいたい皆さん同じようなことを考える。1つのことに複数の人たちから同じようなアプローチがくる。当然、私ども単体では成し遂げることは不可能なので、アライアンスの検討をしなければいけないが、八方美人で始めると、収拾がつかなくなる。したがって、どこと組むのかを速やかに決め、やめる場合には「どこで一度やめるのか」という決断を速やかに下す、というのがこの話の重要なポイントだと思う。

  • (三宅) 25年までに83万社が廃業するといわれるなか、M&AのビジネスもBtoBからBtoCの色合いが強まってきた。お客さまが直接問い合わせをしてくるケースも増えてきているが、その問い合わせは私どもに最初に来ないといけない。そうしたお客さまに対し、デジタル情報を積極的に提供するため、デジタルマーケティング部を19年に新設したりデジタルマーケティングやBtoCの専門家を採用したりしている。私どもの社内も、デジタル企業のような雰囲気が出始めている。服装からして、ひと昔前とはだいぶ違う。いろいろな意味で多様性が求められる時代になってきた。

  • (部谷) 業務多様化の実現は、ダイバーシティ・マネジメントを進めて多様な人材を確保することに懸かっている。将来的にはいま行っている社内教育の成果が出てくるだろうが、それまでのつなぎの間をどうするのかといわれたら、正直なところ、外から人材を募るしかないと見ている。
    そこで、人事制度を少し変え、一部の行員向けの年棒制を導入した。「既存の行員が年俸制にシフトしていく」というより、「特定分野の専門知識や特殊な技術・ノウハウを有する人たちが自らのステップアップとして当行に何年か来ていただく」というケースをイメージしている。

  • (加藤) 21年春には、新本店ビルがオープンする予定だ。

  • (部谷) 新本店は広島市の中心地にある。地域のお役に立てる建物にしなければいけないと考えており、1階にはATMコーナー以外、銀行の施設を一切置かないつもりでいる。オープンスペースにし、市民の皆さまが土日も含め、気軽に立ち寄れ、賑わいが創出できるスペースにしようというコンセプトだ。災害などが起きたときの避難場所としても活用いただきたい。私どもはこの地域で活動することを決め、宣言もした。「真っ先にご相談いただけるファースト・コール・バンクグループ」を目指しているが、そう思ってくださるお客さまを増やすためにリレーションとソリューションを強化しながら、より深く認知いただく。それが私どものいま一番大きなテーマになろうかと思う。

  • (三宅) 頭取が代わられてから積極的な施策を次々に出されている。行内の雰囲気もだいぶ変わったのではないか。

  • (部谷) 就任前から企業文化や風土を変えるのは難しいと想像していたが、思っていた以上だったというのが本音だ。私もこの世界に30年浸かっているので、たとえば法人営業ならすぐに貸出金のことを思い浮かべてしまうが、本来「それ以外に選択肢はないだろうか」と考えなければいけない。そのあたりの意識改革や行動改革はまだまだだ。ただ、M&Aの話もデジタル化の話もそうだが、チャレンジをし、成功体験を積み重ねていくことが企業風土を少しずつ変えていくことになると思っている。
    自らが大胆に変化していかないと困難に直面する。業績評価や人事制度も含め、次の時代を見越したかたちで私ども自身がどう変化していくのか、変化できる環境をどうつくっていくのかを追求したい。