震災被害からの創造的復興と『地域活力共創』グループ進化に向けて 日本M&Aセンター◆特別企画◆
震災被害からの創造的復興と『地域活力共創』グループ進化に向けて
〔週刊 金融財政事情 2020春季合併号掲載〕
*本鼎談は2020年2月4日に実施したものです。
企業理念を軸とした、現場重視のチームワーク経営を実践
肥後銀行 頭取 笠原 慶久(かさはら よしひさ)氏
1962年生まれ。84年富士銀行(現みずほ銀行)入行。みずほ銀行熊本支店長、職域営業部長、みずほ信託銀行執行役員信託総合営業第一部長等を経て、15年6月、肥後銀行取締役常務執行役員監査部長。18年6月肥後銀行頭取に就任。2019年6月九州フィナンシャルグループ代表取締役社長に就任。
大手企業や優良企業をスター企業に育てていきたい
株式会社日本M&Aセンター 社長 三宅 卓(みやけ すぐる)氏
1952年生まれ。77年日本オリベッティに入社。91年日本M&Aセンターの設立に参画。92年取締役に就任。以後、数百件のM&A成約に関わる。08年より現職。日本M&Aセンターは06年に東証マザーズ、07年に東証一部に上場。
[コーディネイター]
株式会社きんざい社長 加藤 一浩(かとうかずひろ)
1962年生まれ。86年株式会社金融財政(現株式会社きんざい)入社。出版部・業務企画部等を経て2011年取締役出版部長。13年6月より現職。きんざいグループ代表。
顧客起点の姿勢で日本経営品質賞を受賞
- <加藤> 熊本地震以降の県内経済について。
- <笠原> 2016年の熊本地震では大きな被害を受けたが、その後の復興需要により、5兆円台後半が続いていた県内総生産は17年度に6兆円台に達し、18年度、19年度もその水準を維持したと推計される。阪神・淡路大震災や新潟県中越地震、東日本大震災などで被災した地域を見ると分かるように、復興需要は時間がたつと剥落する。地域によっては被災前の水準を割り込むこともある。したがって、被災地域にとっては復興需要の剥落を食い止めることが課題になる。
19年度はラグビーのW杯(熊本県民総合運動公園陸上競技場が試合会場の1つに)と女子ハンドボールの世界選手権(22年ぶりに熊本で開催)が大きな波及効果を生んだほか、複合施設「SAKURA MACHI Kumamoto」(サクラマチクマモト)が稼働するなどし、剥落を食い止めることができた。 - <加藤> 県内景気は堅調に推移している。(インタビュー当時)
- <笠原> そういえると思う。私どもを含め、熊本全体が「景気を維持していくんだ」という決意を持つことが肝要だ。この先どうなるのかと心配していると、なるようにしかならなくなる。
熊本県民は独立独歩の気質が強いといわれるが、震災をきっかけに県民の絆が深まり、皆で協力していこうという雰囲気が醸成されてきている。地方公共団体、経済団体、銀行の連携もよく、ベクトルが合っている。もちろん、全体の景気がまずまずといっても、未だに仮設住宅暮らしのかたもいるし、支えなければいけない人はたくさんいる。交通インフラもまだ万全とはいい難い。そういったところもしっかりと支えていきたい。 - <加藤> 19年度には、金融機関としては2例目となる日本経営品質賞(大企業部門)を受賞した。
- <笠原> 現在推進中の中期経営計画「新創業2020」(18年4月から21年3月まで)を策定する過程で、日本経営品質賞が「顧客起点で経営を見直し、自己変革を通じて価値を創出できる組織に与えられる賞」と知った。同賞の評価基準を構成するのは4つの基本理念(顧客本位、独自能力、社員重視、社会との調和)や7つの考え方(顧客から見たクオリティ、リーダーシップ、プロセス志向、対話による「知」の創造、スピード、パートナーシップ、フェアネス)などで、私どもが目指す姿や方向性にマッチしていた。真の意味でお客さまを起点に物事を考えていく態勢に転換していこうと前中計からいい続けてきたが、自分たちで顧客起点に転換するといっても、客観的にどのレベルにあるのか分かりにくい。そこで今回の中計では、賞の評価基準に自分たちの組織を当てはめてみて、客観的な評価をいただきながら絶対的な水準を引き上げていくことを目指した。足りない部分が見つかり、組織を見直すことができた。
- <加藤> 受賞後、行員も自信を深めたようだが。
- <笠原> 皆で取ろうと一生懸命頑張ってきたので、行員はとても喜んでいるし、私も嬉しい。ただ、ここで安心してはいけない。プロセスがしっかりしているところを評価してもらっただけで、絶対的な水準が高いとは考えていない。このフレームワークを繰り返し直すことで3年後や5年後に「より顧客本位で、より社員重視で、社会との調和を図れる組織」になれると思う。「経営品質元年として今年からまたしっかり積み上げていくんだ」という決意をもち、受賞企業として恥ずかしくない取組みを続けていく。
企業理念が現場の隅々にまで浸透
- <加藤> 地域経済の発展や復興に向けた資金を供給するため、クラウドファンディング(以下CF)の事業会社「グローカル・クラウドファンディング」の新設を発表した。
- <笠原> 新会社の資本金は1億円で、九州フィナンシャルグループ(FG)がそのうちの14・9%を出資する。その他、CFサイトを運営するミュージックセキュリティーズ、熊本第一信用金庫、九州電力などが出資者となる。金融グループが、提携ではなく、CF会社を新設するかたちでCF事業を手掛けるのは初めてのことで、注目度も高いようだ。CFは、個人が応援者として"意志のあるお金"を入れていく枠組みだ。私どもでは地域応援ファンドや農業ファンドなども地方創生のためのメニューとして用意しているが、CFも地方創生に資するものと考えているので、メニューの1つに加えた。
- <加藤> 本格的にCF事業参入を決めた理由は。
- <笠原> 全国的にも有名な通潤橋の近くにある酒蔵「通潤酒造」の復興プロジェクトが1つのきっかけだ。通潤酒造は江戸中期に創建された「寛政蔵」を持つが、震災でこの蔵を含む10棟以上の蔵が損壊し、約4000リットルの酒を失った。その後、酒蔵を創造的に再生しようという動きが生まれ、そこに復興補助金のほか、くまもと復興応援ファンド(肥後銀行、鹿児島銀行、日本政策投資銀行などが共同出資したファンド)やミュージックセキュリティーズ社のCFが入った。そういう何重ものスキームを活用した結果、歴史ある蔵はお酒を楽しめる"居心地のいい観光蔵"として蘇り、昨年3月に順調に業務を開始した。
- <三宅> 熊本の企業では、菓子製造・販売のフジバンビの案件が印象深い。同社の主力商品である黒糖ドーナツ棒は県民に親しまれ、県外からの観光客にも人気がある。成長余力は十分あるが、オーナーが高齢だったこともあり、後継者問題を解決すると同時にさらなる成長を図る必要があった。そこで、日本投資ファンド第1号ファンド(日本M&Aセンターと日本政策投資銀行が設立したファンドが運営・管理)と肥銀ブリッジファンド(肥後銀行が出資し、肥銀キャピタルとリサ地域ファンドソリューションズが運営・管理)が共同でフジバンビホールディングスを設立し、フジバンビグループ5社を支援することになった。できない理由がいくらでも出てくるような難しい案件だったが、肥後銀行をはじめ、関係者の皆さまがイノベーティブな発想で販路拡大の道を切り拓いてくれた。大手菓子メーカーの役員をスカウトすることにも成功した。
- <加藤> この案件は、昨年度、日本M&Aセンター主催第7回バンクオブザイヤーの部門賞ディールオブザイヤーに輝いた。
- <三宅> 世のためになる案件や地域活性化に結び付く案件、難しい案件などに贈られる賞で、M&A部門の人間にとっては一番価値がある。肥後銀行の企業理念はお客さま第一主義、企業倫理の遵守と地域社会への貢献、人間尊重の企業文化の確立が3本柱と伺ったが、この案件で協業させていただき、それが現場の隅々にまで浸透していると感じ入った。
- <笠原> 私はよく「企業理念を軸とした、現場重視のチームワーク経営」という言葉を使っている。銀行の組織は現場重視といいつつも中央集権になりがちだが、当行では現場の人間が主体的に考えて行動する組織を目指している。極端な話、企業理念さえ守ってくれたら、あとの細かい部分は現場で自由に考え、自由に行動してもらっていい。そういう現場重視の姿勢がフジバンビの案件にもつながっている。もともとこの企業理念は、1991年に、当時の頭取がプロジェクトチームを立ち上げ、現場の行員たちが議論を重ねてつくり上げたものだ。地銀は何のためにあるのかという存在理由を端的に表したこの理念を、私どもでは30年間い続けている。
感度の高さで熊本のTPMセミナーが満席に
- <三宅> 地域を盛り上げるのはやはり地銀だ。地域経済の要といえる地銀が縮こまってしまうと、なかなか明るい未来は見えてこない。その点、近年の肥後銀行の動きにはダイナミックさを感じる。顧客起点の発想やイノベーティブな発想で日本経営品質賞やディールオブザイヤーを受賞したり、クラウドファンディングを活用して地元のファンを増やしたりしている。
- <笠原> 経営環境が厳しいのは確かだが、業務範囲規制も少しずつ緩和されてきている。金融だけではなく、人材派遣や事業承継など、地元のためにできることはたくさんある。いまは「地域のために考える」「お客さまのために動く」といった、もっと大事なことを前向きに進めていくべきではないか。日本経営品質賞をいただいた際も「この環境のなかで日本経営品質賞にアプライし、一生懸命取組んでいる。そのことへのエールの意味も込め、今後に期待したい」との趣旨のお話があった。"絶対水準"をもっと上げていきたい。
- <加藤> 今後は事業承継やM&Aの専門人材も沢山必要になる。行員の人材育成についてはどのようにお考えか。
- <笠原> 18年に設立した肥銀ビジネス教育という子会社で人材教育を行っている。一般的な業務知識や比較的高度な専門知識はどの金融機関でも教えているが、肥銀ビジネス教育ではITスキル教育と礼儀・礼節・ビジネスマナー教育もメニューに入れている。業務知識・専門知識の教育を中央に据え、ITスキル教育と礼儀・礼節・ビジネスマナー教育をその両翼にしている感じだ。ITスキルは、この先のデジタル時代を生きていくための必須スキルだ。それほど高度なことを教えているわけではないが、基礎になる部分は全員が頭に入れておかないといけない。礼儀・礼節・マナーも重要だ。銀行員に限らず、最低限の礼儀・礼節を家庭や学校で身に付けてこなかったという社会人は少なくない。
高齢社会のなかでは当然、高齢のお客さまが多くなるが、「さまざまな場面で失礼な言動が出て、信用を得られない」ということがあるとすれば、せっかくの力を発揮できない。ITスキル教育と礼儀・礼節・ビジネスマナー教育はすべての企業に共通する課題なので、いま地域の取引先などを対象にセミナーを開催したり、研修講師を派遣したりしている。 - <三宅> 肥後銀行の役員や行員の方は"感度"がいい。じつは当社は昨年、プロ投資家向け取引市場「TOKYO PRO Market」(東京プロマーケット、TPM)への上場を望む企業の審査や上場後のサポートを代行する「J-Adviser」(Jアドバイザー)の資格を取得した。
なぜ取ったのかというと、零細企業と中小企業だけ救っても地域全体が元気になるとは限らない、と感じていたからだ。真の意味で地域活性化を実現するには零細企業と中小企業の廃業を抑えることに加え、各支店の1~5位くらいの規模の中堅企業を成長戦略によって元気にすること、さらにその上の規模を有する大手企業や優良企業をスター企業にしていくことが必要になる。TPMという新市場を通じてスター企業をたくさん世に出したい。
そこで、資格取得後の共同記者会見で「TPMのセミナーを熊本で開催したい」と申し出てくれたのが肥後銀行だった。非常に反応が早かった。熊本で最初のTPMセミナーだし、大勢の人に集まってもらうのは難しいだろうと見ていたが、11月のセミナーでは用意していた100席がすべて埋まった。集客されたのは肥後銀行の行員で、すでに1社から上場の申請を受託した。スピード感をもって地域の将来に必要なことを主体的に進めていく。肥後銀行にはそういう感度のいい役員や行員が多い。
感度というのは、教育ではなかなか養えない。当社に人材を預けてくれれば、専門知識を教えてお返しすることができる。協業を通じて、マッチングやエグゼキューション(事務手続きの実行や管理)の知識も身に付けてもらえる。しかし県内企業に接触し、相談に乗り、ニーズをキャッチしてくるのは現場の支店長や行員だ。その人たちの感度が上がらないことには、いくら知識を植え付けても、いくら専門家を育ててもどうにもならない。逆に感度さえ上げればあとはどうにでもなるが、肥後銀行はそこのレベルが非常に高い。
「現場が強い組織」をつくっていく
- <加藤> 持株会社九州FGでは今後どのような運営を目指しているのか。
- <笠原> 九州FGでも「企業理念を軸とした、現場重視のチームワーク経営」が重要になる。企業組織というのは一種の入れ子構造だが、どんなに大きい組織であっても同じような構造でなければいけない。九州FGは地域のトップ行同士が経営統合し、誕生した。中央集権的にFGを強くすると、現場である鹿児島銀行、肥後銀行が主体的に考えていける領域や自由に動いていける領域を狭めてしまう。それは、地域を代表する銀行の力を弱めることになる。FGがやるべきことをFGに集め、子銀行がやるべきことを子銀行に集めるという仕分けや整理整頓をし、子銀行が多くの部分について主体的に判断し、機動的に行動できるようにすれば、この体制は生きる。
仕分けや整理整頓という意味では、広報、会計、本部監査の3つを一本化した。それから、証券業務やデジタル業務など、専門性を要する分野や大きな資本がないとできない分野についてはFG主導で進めていきたい。一方、自律的な銀行経営を維持するために営業や審査、平時における人事などは子銀行に任せるべきだと考えている。
システムについてはアプリオリに(先験的に、先天的に)「システムも統合しなければいけない」と考えているわけではない。従来にないビジネスモデルなのでやや難しいが、「統合グループとしてきちんと内部統制を利かせつつ、傘下銀行が強い、現場が強い」という姿になってくると、やりがいのある金融グループになると思う。 - <加藤> 肥後銀行と鹿児島銀行は今年1月、大分銀行、宮崎銀行、環境省との間で、SDGsの普及などに関し、連携協定を結んだ。SDGsについてはどのようなお考えか。
- <笠原> SDGsというのは地銀のあるべき姿にフィットしているので、真正面から取組んでいく。英語だから難しく見えるかもしれないが、日本人が以前から大事にしてきたものがSDGsというかたちで整理されている、と理解している。SDGsは世界規模の話だ。1行単位だと小さいフィールドになるので、県境を超え、いろいろな協力やノウハウの交換をしていけばいいと考えている。九州財務局の管内であるし、阿蘇くじゅう国立公園と霧島錦江湾国立公園という国立公園が東西にまたがる地域でもある。環境省からも「是非、広域でやろう」といっていただき、地域循環共生圏に関する連携協定を結んだ。その他、地公体とも多数、SDGsに関する協定を結んでいるが、それも官民一体となって取組んでいこうという話だ。
- <加藤> 熊本地震からもうすぐ4年になる。メッセージをどうぞ。
- <笠原> この4年間、県外のかたを含め、本当にたくさんのご支援をいただいた。いまも日本各地で災害が起きていて、他人事とは思えない。まだまだ復興の途上ではあるが、今度はこちらが応援していく番ではないかと思う。